327.新しい縁談10
「……現・六条家当主と反りが合わなかった剣神公は、代替わりのどさくさに紛れて青苧を『越後青苧座』……越後商人の専売にさせた。それまでは大阪の『天王寺青苧座』が越後の青苧を買い占め、多大な利益を得ていたのだ。それ以降青苧は、直江津の港から上方へ卸されるようになった。直江津を管理しているのが与板の養父だ」
兼継殿の、歴史の講義が続いている。
胸元に凭れてうとうとしていた私は、耳元で名前を呼ばれ、慌てて身を起こした。
「寝てませんよ」
「そのような事は聞いていない。が、涎は拭いたらどうだ」
「……」
そっと口を拭った私に「冗談だ」と苦笑した兼継殿が、ふと気付いた顔になる。
「ところで不思議に思っていたのだが。何故、お前は藤姫から呪詛人形を受け取る羽目になったのだ。ひいな遊びをする年頃でもあるまい」
「えっ!? ええと、その……」
越後の光源氏はロリコン、と言われて渡された訳ですが……どう答えるべきか。
「藤姫は大人っぽいですから。私がまだ、ひいな遊びをする歳に見えたようです」
「ははは、まさか。それでは私が幼女趣味という事になるではないか」
「……」
「……」
改めて考えると『25歳の兼継殿が、外見年齢15歳の雪村に求婚している』絵面ですからね。
社会人が中三か高一に、と考えると、そう的外れでもないような……
何とも言えず顔を見合わせて笑っていると、兼継殿がこほんと咳払いした。
「お前。あながち間違いでもないと思っているな?」
「いいえ、そのような事は!」
しまった、兼継殿を見縊っていた。この人はめちゃめちゃ勘が鋭いんだった!
慌ててぶんぶん首を振ったけれど もう遅い。
兼継殿が座った目でじっと見つめてくる。
そしてちょっと悪い顔になって、薄笑いを浮かべた。
「お前がそう思うならば仕方があるまい。幼女趣味らしく、ひいな遊びに付き合ってやろう。だが生憎と人形が無いな、ままごとで良いか?」
「ま、ままごと? 兼継殿と?」
「そうだな。配役はお前が妻で私が夫だ。いずれそうなるのだから、前倒しで教え込んでも問題あるまい」
「教え込むって、何を!?」
「お前はまだ、妻の経験が無いからな。予行練習だと思え」
つまのけいけん? よこうれんしゅう!?
こんな夜中にふたりきりで!??
さっきまで何のイベントだと思っていたけど、この流れはどう見ても18禁……!
「ちちちちょっとお待ち下さい! 私には無理です!!」
「なるべく優しく教えてやる。今夜は眠れると思うな」
大変悪い顔をした兼継殿が艶やかに微笑んで、びびりまくった私を見下ろしていた。
+++
「あっ……」
思わず声が出て、私はぐっと声を呑み込んだ。
おそるおそる顔を上げると、真剣な眼差しの兼継殿が気遣わしげな声になる。
「無理をさせていないか? 疲れたなら、少し休もう」
「だ、大丈夫です」
「お前がそう言うのであれば続けるが。……茶道とはもてなしの心だ。闇雲に練習して身に付くものでは無いぞ」
目の前にはスパルタコーチよろしく、腕を組んだ兼継殿が端座している。
手が滑った拍子に零れた抹茶を拭きながら、私は照れ笑いで誤魔化した。
少し前に「お茶の点て方を教えて下さい」とお願いしたのを覚えていた兼継殿は、ここが茶室なのを幸いに、特訓モードに入ってしまったのです。
そういえば「茶道は奥方の嗜み」って言っていましたっけね……
エロい想像をしてびびった、などと兼継殿に知られたら軽く死ねる。
疲れたなどと言っていられない。
私はきりりと表情を引き締め、茶道に打ち込んでいる振りをした。
痺れる足。
容赦なく飛んでくる兼継殿のダメ出し。
夜明けが、遠い。




