表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

325/383

325.新しい縁談8

 

「呪詛ですよ」


 お茶を()ててくれた和尚様が、ゆったりと口を開く。

 のんびり口調過ぎて、「命を狙われていますよ」と言われている気がしない。

 理解が追い付かず、お茶碗を手にぽかんとしていると、察したらしき和尚様が、穏やかな口調で説明してくれた。


「呪詛をしても、肝心の相手が見つからなければ目的が果たせない。あの人形は、「標的はここだ」と示す符丁(ふちょう)でしょう」


 なるほど。私は『雪村』だから、『ゆき』を呪詛しても届かないって事か。

 理解したと感じたのか、和尚様が言葉を続ける。


「呪詛返しには、二通りの方法があります。君は、『宇治拾遺物語』を読んだ事がありますか?」

「?」


 いきなり出てきた古典に戸惑っていると、和尚様がふわりと笑った。


「宇治拾遺物語に、安倍晴明の話があります。呪いを受けた少将を、身固(みがた)めの法で守った話です。では『耳なし芳一』は?」


 それは知っている。

 こくんと(うなず)くと和尚様は、目の前で指を二本立てて、にっこりと微笑んだ。


「ならば話が早い。呪詛の怨霊から身を護るには、ふたつの方法があります。身体を抱き締めて気配を消す『身固めの法』と、全身に経を書き、その姿を隠す『芳一の方法』。君はどちらにしますか?」

「どちらも駄目に決まっているでしょう」


 私が何か言う前に、兼継殿がぴしりと(さえぎ)った。


「ああ、耳にもきちんと経は書きますよ?」

「そのような話ではありません。この娘を一晩中抱き締めて過ごすのも、(さら)した肌に経文を書くのも駄目だと言っているのです。虎徹殿といえども、こればかりは譲れません」

「心が狭い男は嫌われますよ、兼継」

「狭い、広いといった話ではないでしょう!」

「そうですね。これでもか、と言わんばかりに城下に喧伝(けんでん)したのですから、妻になる女性を他の男に託したりは出来ませんね。わかりました。ではどちらの方法でも良いから、君がやりなさい」

「は?」

「私は本堂で護摩(ごま)を焚き、御仏に祈りを捧げていましょう。健闘を祈りますよ」


 絶句した兼継殿にはお構いなしで、呪詛人形を手にした和尚様は、くすくす笑いながら部屋を出て行った。



 +++


「……」

「…………」


 沈黙が重い。

 というか、兼継殿が固まったまま、こっちを見ない。

 そりゃそうか。お見合い中だというのに、こんな事に巻き込まれたんだから。


 しかし『呪詛』と言われたら怖いけど、『怨霊』なら話は別。

 私はきりりと顔を上げた。


「兼継殿。ここまでお付き合い下さってありがとうございました。私は平気ですから、どうぞお帰り下さい」

「その様な訳にいくか。……どちらかを選ばねばならぬとしたら、お前はどちらを望む?」

「ああ、それなのですが。『呪詛』とやらが怨霊なら、私は討伐出来る自信があります。私を呪ったのが運の尽き、返り討ちにしてあげますよ!」

「……」


 (しばら)く黙って私を見ていた兼継殿が、小さく息を吐いた。


「……そうか。そこまで言うなら仕方があるまい、お前に任せよう」

「はい! では申し訳ありませんが刀をお貸しください」


 そう、私は土蜘蛛だって倒せるんだから、怨霊なんて慣れっこだ。

 さあ、怨霊はいずこ? 


 すぱんと張り切って障子を開けたその先に『怨霊』は居た。

『符丁の人形』が無くなったせいか、うろうろと周辺を探していて……


 そっと障子を閉めた私は、無表情で背後を振り返った。


「……『怨霊』が女の子なのですが」


 外に居たのは、両手に重そうな大斧を引きずった、小さな女の子だった。

 か弱そうな外見とは裏腹に、両手の斧を八つ当たり気味にそこら中に叩きつけていて、標的が見つからない苛つきがだだ洩れている。


 ようするに、()る気まんまん。


 無表情の私を見返し、小さく咳払いした兼継殿が口元を押さえた。


「話すのを忘れていたな。呪詛は『深い恨みを抱いた霊』が使われるのが一般的だ。平安の頃は蟲毒(こどく)犬神(いぬがみ)といった、極限まで()の感情を高めた上で殺したものを使っていたが、今は恨みを抱いたまま戦で死んだ霊が跋扈(ばっこ)している。それらを『呪詛』に使う陰陽師が多いのだ。辛く、苦しい思いをして死んだ幼子を、このような事に使うとはな。ましてや死してまで討伐されるとは。痛ましいことだ」


 痛ましいことだ、じゃないですよ。声が震えているじゃないですか。


「それを先に言って下さいよ」

「いや、お前があまりにも自信に満ちていたのでな」

「……」


 とうとう耐えきれなくなって笑い出した兼継殿が、肩を震わせて私を見る。


「で? 私はそろそろ帰っても良いのだったか?」


 ばきん!!


 その時、いきなり背後で斧を叩きつける音が響いて、私は悲鳴を上げて兼継殿に飛びついた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ