320.新しい縁談3
居るだけでいい、とは言われても、侍女の仮装中は侍女として振るわなければ。
もう秋なので夏物の小袖を仕舞おうと畳んでいたら、背後から声が掛かった。
「そこの貴女、ちょいええ?」
「はい?」
振り返った先には藤姫付きの侍女がいて、私の手元をじっと見ている。
どうしたのかと向き直ると、口元を隠した侍女が優雅に微笑んだ。
「今日は暑おすなぁ」
「はい、今年の秋は残暑が厳しいですね」
見ると侍女は冬色の襲を着ている。まだ秋なのに冬の装いだもん、そりゃ暑いよ。越後は北国だから寒いと思ったのかな?
「団扇をご用意いたしますか?」
「そうやなしにな。ああもう! ほんまに鄙の方たちは気ぃ利かへんわ」
「?」
え? 何が言いたいんだろう。戸惑っていると、洗濯物をちょいと摘まんだ侍女が、ちろりと上目遣いになった。
「さすが青苧の一大産地や。鄙女がええ物を着てますなぁ。ほな上方の流儀を教えまひょ。お客の衣装を整えるのも女主人のお役目や。藤姫様の美しさを引き立たせるには、上質な衣が必要不可欠。とりあえずはこれで我慢しまひょ」
向かいに座った侍女が小袖を掻き集め始めたので、私は慌てて声を上げた。
「これは桜姫の小袖です。藤姫には小さいですよ!」
「せやったら早々に誂えたらええのに。藤姫様に不自由させんといて」
これだから武家は嫌なんよ、とぶつぶつ言いながら、侍女は小袖を持ったまま、部屋を出て行った。
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「女主人が客の衣装を整えろ、ですって? あなた、それを本気にしたの?」
「本気にというか……上方の流儀だそうです」
「そんな訳ないでしょ。着の身着のままで来ておいて、ずうずうしい姫君ね。公家であろうと武家であろうと、客の衣装をこちらで整える必要はありませんよ。田舎者の侍女風情にそのような事は分るまい、とあなたは舐められたのです」
マジか。これがいけず文化と聞く京都の洗礼……!(偏見)
驚く私をきりりと見据え、老女がばしんと畳を叩く。
「ええい! あなたはそのような事を言われて、何とも思わないのですか!!」
「ああ、そうでした。あちらの侍女が桜姫の小袖を持って行ったのですが、藤姫には小さいです。前に貸して頂いた剣神公の小袖をお借りしても良いですか?」
「そうではありません! お人好しも大概になさい!!」
「あなたの事を「女主人」と言ったのでしょう? あの方たちは、あなたが『雪』だと知った上で嫌味を言ってきたのよ? そんな気遣いは無用だわ」
「そうですとも! いいですか? あなたはこれから執政の奥方になるのですから、いい加減、奥向きの仕事を覚えなさい。知らぬから馬鹿にされるのです!!」
「!?」
現世に帰るつもりでいたから、兼継殿の奥さんになる為の修行なんて、全然考えてなかった。けれどそれを老女に言う訳にはいかないし……
ああ、でもそういう素振りが無かったら、勘が鋭い兼継殿には、帰るつもりだと気付かれるかも知れないな。それは困る。
バレない程度に仕事を覚える振りをしないと……
あれ? ……そんな必要、ある……?
「兼継殿には、藤姫の方がお似合いではないでしょうか。家柄も申し分ないですし美男美女ですし」
そうか。藤姫との縁組がまとまれば、帰る・帰らないで揉める事も無くなるし、円満に婚約破棄される。
どうしてそれに気付かなかったんだろう。
目から鱗が落ちた気分で笑うと、侍女衆が目を剥いて絶句した。
京都弁変換は「BEPPERちゃんねる 恋する方言変換」を使わせて頂いてます。
変な使い方になってていましたら、異世界って事で勘弁して下さい。
あと、京都の方が見ていましたらごめんなさい。




