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318.新しい縁談1 ~side K~

 

「もう十分、大事(おおごと)だぞ? なにしろ既に真木家当主と、我が主君の承諾を得ているのだからな。ましてや本人の気持ちも確認したのだ。私から破棄など、する理由がなかろう」


 (わず)かな嘘を呑み込んで、兼継は笑った。

 困るのは兼継殿なのですよ、と(つぶや)いて、頬を染めた雪が(うつむ)く。


 破談をせっつくのが本心では無い事など、顔を見ただけで判る。

 欲しかったものがやっと、やっと手に入りそうなのだ。

 だからこそ、これを雪に知られる訳にはいかない。



 +++


「今はまだ、許可を与える訳にはいかん」


 雪との縁組の承諾を求めた兼継に、影勝は首を横に振った。


「何故ですか、影勝様!?」

「気付かぬ振りをせずとも良い。……雪村が元に戻る保証は無い。だがその逆もまた(しか)り。縁組を承認した後で戻った時、お前はどうするつもりだ」


 雪と同じく主君もまた、兼継の体面に傷が付くのを(おもんぱか)っている。

 それが解っていても諦める訳にはいかない。

 必死で説得し、やっと得たのは「元に戻らぬ事が確定した時に許可を出す」というものだった。


『影勝の許可が保留された』


 その噂は密やかに広がり、いつの間にか「やはり執政の正室に、侍女風情では釣り合わないのだ」と囁かれるようになった。そして……


「当家の娘ならば、家柄も器量も申し分ありません。是非とも執政殿に(めあわ)せたく」

「いやいや。当家と縁を持てば、上森家にとっても損にはなりますまい。是非、当家の娘を」


 それでなくとも引きも切らずにあった縁談が、前にも増して持ち込まれるようになってしまった。


 あくまで「保留」。許可が下りなかった訳ではない。

 こちらはその認識でも、世間はそうは思わないらしい。


「それほどに素晴らしい娘ならば、影勝様と娶せてはどうか。フリーだぞ」を柔らかな文言に置き換えて、(かた)(ぱし)から文を送り返していたら、(らち)があかぬと思われのか、とうとう本丸に攻め込まれてしまった。


「――また養父上(ちちうえ)からか」

此度(こたび)は難敵ですぞ。六条家の姫君との縁談です」

「六条家といえば、かつて剣神公と繋がりがあった公家だろう。陰陽頭(おんようのかみ)を排出した事もある名門と聞く。何故、私に」


 家令から渡された(ふみ)に目を通し、兼継は吐め息をついた。

 前々から養父には「早く身を固めるように」とせっつかれていたが、それを知った者たちが、そちらの方に話を持ち込むようになってしまったのだ。


 養子である兼継にとっての泣き所は、与板(よいた)に居を構えている養父だ。

 直枝家を断絶させる訳にはいかないという、養父の気持ちはよく解る。

 自分はその為の養子だという事も。


 これまで「お家の大事(だいじ)は十分に理解しておりますが、それは上森も同じ事。まずは影勝様でしょう。主君が身を固めるまでは、家臣として(さき)んじる訳にはいきません」などと誤魔化して固辞してきたが、今の状況でその言い訳は通用しない。

 そしておそらくは。


「養父上殿は、(いま)だ『真木』に思うところがあるらしいな」


 陰虎が剣神の養子として越後に滞在していた頃、首藤が「雪村に懸想(けそう)している」と言い出した事があった。

 雪村の世話役に任じられていた兼継への嫌がらせだったが、そのような事で、甲斐との同盟の証として来ている人質に万が一の事があってはならない。そう考えた兼継は「自分が先に雪村を見初(みそ)めたのだから、そちらは手を引け」と首藤を()()ねた事がある。

 ちょうどその頃、水面下では兼継の『直枝家への養子縁組』の話が進んでいた。

 後継ぎに恵まれず、お家断絶(いえだんぜつ)の危機にあった名門・直枝家と、生家の家格(かかく)が低く、このままでは兼継を重臣に取り立てられないと(うれ)えた影勝の利害が一致したからだ。


 しかし『後継ぎが急務の直枝家、そこに入る養子に男色の疑惑あり』では話が頓挫(とんざ)する。養子縁組を円滑に進める為に、雪村は急遽、甲斐に戻される事になった。

 これらの経緯は剣神から直枝家に伝えられた(はず)だが、直枝本家では未だ『真木』の名には敏感だ。


 またもや首藤絡み。それも『真木』の娘を奪い合ったというのだから、養父が良い顔をしないのは解っていた。

 だからといって「正室は他に迎えろ」と言わんばかりに他の縁組を手配するとは。


「真木家も大名だ。正室とするのに、身分に不足は無かろうに」

「兼継様は、生前の太閤殿下から「天下も狙える」と絶賛された逸材ですからなぁ。国衆(くにしゅう)上がりの小大名、それも侍女として仕えていた遠縁の娘を選ばずとも、と諦め(がた)く思う者は大勢いるでしょう。しかし小田原の一件が、このような形で飛び火するとは思いませんでした」


 苦笑する老齢の家令に、兼継も苦い顔をして(うなず)いた。

 養父から、それも相手が公家では無下(むげ)にも出来ないが、諾々(だくだく)と従うつもりもない。


「六条家に、妙齢の姫など居たかな……」

「子の数までは分かりませんが、大勢の側室を抱えているとは聞き及んでおりますよ。とにかく、()()六条家からですからなぁ。大殿も難儀(なんぎ)しているようです」

「道理で。謝絶を無視される訳だ」


 丁重なお断りの文など見なかったかのような養父からの文に、改めて溜息を吐く。


『近々、六条殿が与板に滞在する。一度、お会いしなさい』

 文末に記されたそれには返事をしないまま、兼継は文を仕舞(しま)い込んだ。


戦国時代の結婚は、殿の許可が必要だったそうです。


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