316.ふたりだけのお茶会2
「老女からの呼び出しなど、何事かと思えば……」
「お仕事中にこのような事にお付き合いいただき、申し訳ありません……」
「いや、茶を飲む時間も取れぬ程ではない。しかしお前に無理強いをさせるなど」
額を押さえた兼継殿が、顔を逸らして項垂れている。私は半べそをかきたい気分で、たどたどしくお茶を点てていた。
あんな事を聞かされては、仕事が終わってから会うなどとんでもない。
髪に芍薬の花を挿して誤魔化したところで、勘が鋭い兼継殿には気づかれる。
エロいことしてオッケーですよ♡
とアプローチしていると思われたら、恥ずかしくて死ぬ……!
そんな訳でうららかな昼下がり、「いつも忙しい執政殿に、お茶を振る舞いたい」という名目で、兼継殿を奥御殿に呼んで貰ったのです。
茶道の作法はひと通り、兄上から教わったとはいえ、私は飲む時に浮かない程度のスキルしか持ち合わせていない。
点て方に至っては、特訓の時に飽きるほど見た兄上の所作を真似しているだけだ。
……という事がバレたら、兼継殿は間違いなく特訓モードに移行してしまう。
私は無事に誤魔化しきれるだろうか。
意外に思うかも知れないけれど、戦国時代の武将は、文化系のスキルが結構高い。
兵法は勿論のこと、漢籍も和歌も詠めるし、茶道や香道なんかも嗜んでいる。
チャンバラやってりゃいいってものじゃ無いのです。
慣れない手つきでがっちがちに緊張しながら点てたお茶を、私は黙って兼継殿の方に押し出した。
涼しい顔をした兼継殿が、洗練された所作でお茶を飲み、飲み口を拭いた指を懐紙で拭って、優雅に茶碗を返してくる。
びくびくしながら様子を伺っていると、兼継殿が爽やかに微笑んだ。
「初めてにしては上出来だ。ただ」
「ただ?」
「最初の菓子が抜けている」
「!? 兼継殿、甘いものはあまりお好きじゃないと思って」
「好き嫌いではなく、茶道とはそういうものだ」
茶釜の隣に置きっ放しの菓子と兼継殿を交互に見ながら、私は絶句した。
マジですか。
政所様のお茶会は、女の子の集まりだからお菓子が出ていると思っていた……!
「申し訳ありません。こういった事は不慣れで……追々、覚えますから」
「老女に言われたのだろうが、無理をする必要は無い。「奥向きの仕事は向かぬ」と、お前の方から婚約破棄をされては堪らぬからな」
がっくりと項垂れた私を見て、兼継殿が朗らかに笑った。
そしていつまでたっても動かない私を見て察したらしく、ひょいと抱き上げて縁側まで運んでくれる。
不慣れな女物の小袖を着て畏まっていたせいで、足が痺れて動けなくなっていたのです。
+++
「良いお天気ですね」
「そうだな」
縁側で足をぶらぶらさせて痺れが取れた私は、傍らの兼継殿を見上げて照れ笑いをした。失態に次ぐ失態は、笑って誤魔化すしかない。
しかしそこら辺はスルーする事にしたらしい兼継殿が、小さく咳払いをして、悪戯っぽく私の顔を覗き込んできた。
「ところで先程、「茶道は追々覚える」と言っていたな?」
「はい! 政所様のお茶会に行かなければならなくなった時に、お茶をいただく作法は兄上から教わったのです。でも点て方までは……。あの、ご迷惑でなければ今度、教えて頂けませんか?」
「それは構わないが」
「ありがとうございます!」
茶道は現世にもある。兼継殿に教えて貰えたら、きっと現世で役に立つ。
お茶を飲むたびに、兼継殿のことを思い出せると思うし……。
食い気味に返事をした私を見て、兼継殿が嬉しそうに笑い返してきた。
「茶道は奥方の嗜みだ。それは私の正室としてこちらに残る決心をした、そう取って良いのか?」
「……」
しまった! そういう解釈も出来るのか! 私は兼継殿を見上げたまま、ぐっと詰まった。
なるべく嘘はつきたくない。いや、しかし……。
咄嗟に何と言っていいか解らなくて。
でも上手な誤魔化し方も、嘘をつく心の準備も出来ていなくて。
「……兼継殿に、恥はかかせられませんから」
「そうか」
もごもごと俯きながら返事をする私の頭を、兼継殿が優しく撫でてくれる。
……撫でてくれる掌が あったかくて優しくて。
私は申し訳ない気持ちのまま、逸らすように庭に目を向けた。
今更ながら、胸がしくりと痛む。
何となく、桜井くんが言っていた意味が理解出来た気がする。
帰ること、やっぱり話した方がいいのかな…… でもこんなに嬉しそうなのに。
帰るつもりだって言ったら、やっぱりがっかりさせるかな……
庭には綺麗な花が咲き誇っていて、微風にふわふわと揺れている。
楽しい思い出をたくさん作って……
出来るなら、がっかりさせずに兼継殿に納得して貰って、そして笑ってさよならをしたい。それにはどうしたらいいだろう。
「綺麗ですね」
「……そうだな」
ぼんやりと庭を眺めながら、ふと思い至る。
ずっと越後に滞在する訳じゃないんだから、こうしている時間も貴重だった。
悩むのは後にして、一緒にいられる時間を大切にしよう。
そう思って隣を意識すると、何だか急に緊張してきた。
ただ庭先で花を見ているだけなのに。花……花……
「そうだ! 兼継殿」
勢い込んで隣を見上げたら、至近距離でばちりと目が合った。
こんなに近いと思っていなかった私は、慌てふためいて必要以上に早口になる。
「春になったら、少しだけお時間を頂けませんか? お花を見ながら一緒にお散歩ができたら嬉しいです。あの、時間が取れたらで構いませんので」
「解った。そのつもりでいよう」
「良かった! 楽しみにしています」
ちょっと食い気味になったのがアレだけど、とりあえずデートの約束は取り付けられたぞ!
ほっとして笑うと、兼継殿もにっこりと笑ってくれる。
よし、次は今回みたいな失敗をしないようにしなきゃ。
「楽しかった」と思って貰えるのと「可怪しな奴だった」と思い出されるのは、似ているようで全然違うんだから。
そういえばゲームの兼継ルートは「恋愛イベントが淡泊」な印象が強かったけど、桜姫はどうやって兼継殿を攻略していたんだっけ?
ゲームは全員攻略済だれど、プレイしたのがかなり前だから、個々の恋愛イベントまで詳しく覚えていない。
『楽しい思い出作り』のためにも、今度、桜井くんに聞いておこう。
そんな事を考えていたら、髪がさらりと掬われた。
はっと意識を引き戻すと、私の髪をひと房手にした兼継殿が、スチルになりそうな微笑みを浮かべてこちらを見ている。
おお……これがゲームだったら、ご褒美スチルに悶えているところですよ……
と、ぼんやり見惚れていたら、兼継殿が艶っぽい視線でこちらを見つめてきた。
「お前の髪は 甘い香りがするな」
「!?」
ぎゃあ! 忘れてたああ!!
「か、髪じゃないです! こっちの芍薬の香りですよ! ほら、ほらねっ!?」
「どうした? 慌て過ぎだぞ」
髪に挿している芍薬を指して慌てふためく私を見て、兼継殿が楽しげに笑った。




