315.ふたりだけのお茶会1
越後に滞在して十日が過ぎた。
上田ではあまりする事がないとはいえ、随分と長居しちゃった。
そろそろ帰ろうかな。
いつも通り桜井くんとお茶をした後、のほほんとそんな事を考えていた私は、衣装を整理をしていた老女と侍女衆に呼び止められた。
「そういえばあなた、今回はどのくらいここに滞在する予定でいるの?」
「はい。そろそろ戻ろうかと思います。ほむらがまだ居ないので、もうしばらく桜姫をお願いしてもよいでしょうか?」
「それは構いませんが、そういった意味ではありません」
「はい?」
「いつまでもそのような心構えでは困りますよ。いい加減、腹を括りなさい」
「ええと、具体的に何を……?」
「事ここに至って、桜姫のところに入り浸りは無いでしょう。兼継様にも時間を割きなさいと言っているのです!」
「!?」
しまった。よく考えたらそうだった!
ここに居る間は仲良く過ごしたいと思っていたのに、全然行動に移してない!!
愕然とした私を見て、侍女衆がくすくすと笑って手招きした。
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「綺麗な小袖ですね。鮮やかな楓の色で……しかし桜姫の秋物にしては大きくありませんか?」
「これはね、桜姫が生まれる前に、剣神様の為に縫ったものなの。あなたは剣神様と背格好が似ているから丁度良いわ」
「えっ……?」
老女が小袖を撫でながら、しんみりとした顔になる。
「とうとう袖を通されないまま逝かれたけれど、あの達磨の家臣に着て貰うのなら、この小袖も浮かばれるというものだわ」
「そうね。この子はいつもさっぱりとした装いだもの。たまには華やかに飾り立ててやりましょう。私たちも楽しいし、兼継様もお喜びになる。一石二鳥だわ」
「ちょ、あの、私は別に、というか達磨って……もしかして信厳公……?」
「ええ。子まで成した男だもの、心の中では愛しく思われているのではないしらと、武隈の赤揃えに倣って血涙を流しながら縫ったのよ。でも私たちを気遣ったのかしら。剣神様は「あの色欲達磨とお揃いなど嫌だよ」と仰って、この長櫃に仕舞いっぱなしだったの」
「遺品と言えなくもないけれど、正直、処分に困っていたのよ。さあさあ、遠慮しないで着て頂戴。恋の炎でお焚き上げすれば、この小袖も成仏出来るわ」
「お気遣いありがとうございますどうぞお構いなく!」
お暇しようと速攻で立ち上がったその瞬間、背後でぱしんと障子が閉まった。
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ここは戦国時代風の異世界だけど、乙女ゲームの世界でもあるから、史実と違う事もいっぱいある。
攻略対象はちょんまげじゃないし、お風呂は毎日入るし、着物も頻繁に洗濯する。
田畑の視察に出ても肥溜めのかほりなんて全然しない、乙女に優しいファンタジー世界なのです。乙女ゲーム万歳。
だがしかし。
「兼継様は、あなたの髪がお気に入りですからね。芍薬湯で洗っておきましょう」
「芍薬湯? お薬ですか?」
「違うわよ。芍薬の花を湯に入れて、香りを抽出したものよ」
花びらが浮かんだお湯からは、薔薇に似た甘い香りがする。
たぶんこんなお洒落な洗髪も、現世の戦国時代には無かっただろうな。
「ふわぁ…… 良い香りですねぇ……」
うっとりと呟いた私に、髪を洗ってくれていた侍女がにっこりと微笑んだ。
「気分が上がるでしょ? これは殿方をソノ気にさせる為に閨で使うのよ。頑張ってらっしゃい!」
「はぁ!? ち、違いますよ。私はそのようなつもりは……っ!」
「あら。じゃああなたはいつ、この姿を兼継様に見せるつもりでいたの?」
「退勤時間に合わせて、門前でお待ちしようかと」
「七五三の晴れ着を見せる孫でもあるまいし。あなたは許嫁なのだから自覚を持てと、何度いわれたら分かるのです!」
「結果的には変わらないんじゃない? 仕事上がりなら持ち帰るわよ」
「ヒイ!」
「それもそうね。私たちが腕に縒りを掛けた作品だもの。鋼の精神力がどこまで持ちこたえられるか、見物だわ!」
「いやああ!!」
乙女ゲームは乙女ゲームでも、ここは『18禁』乙女ゲームの世界。
キャラクターがソッチ方面に話を持って行きすぎる!!
侍女衆の高笑いと私の悲鳴が交差した――
赤揃え:史実の武田軍が赤い鎧を着用していたそうで、ソレを指す名称




