314.婚約破棄攻防戦~side S~
事態が急展開に次ぐ急展開を迎えている。
雪が『契る以外で『雪村』に戻る方法』を見つけた。
しかしそれを知った兼継は間髪入れずに、信倖と影勝から縁組の許諾を得た。
おまけに『雪村』本人から「元に戻らなくていい」との言質まで取ったという。
「私は本来、近々起こる戦で命を落とす運命なのだそうです。ならば、戦に出ようの無い身体になれば、運命も変わる。『天女の降臨』は毘沙門天の差配。私がこのようになったのは、すべて毘沙門天の御心です」
「天女は私を元に戻したがっていますが、それでは天女まで巻き込んで死を迎えてしまう。だから、私はもう戻りません。もしも『女性』のままであれば生き延びられるというのであれば、それ以降の生命は貴女のものだと、どうか天女にお伝え下さい」
元に戻った雪村はそう言ったと、その場に居た信倖が教えてくれた。
現在の雪は、「どうしたら兼継の経歴に傷をつけずに婚約破棄が出来るか」と頭を悩ませているところだ。
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「そんなの雪村の忖度だよ。私が「本当は帰りたくない」と思っているから、それを察して」
雪が躊躇いがちに否定する。
そりゃそうだろう。誰だって、自分の身体が乗っ取られたのに「消えてもいい」なんて思う訳が無い。
それでも俺は、明るく言い張った。
俺が背中を押して、それで雪がここに残る決断が出来るなら そうしてやりたい。
『雪村』も同じように思ったから、限られた時間であんな事を言ったんだろう。
「いやあ。でも、他ならぬ『雪村が』言っているんだから、それでも良くない?」
「良くない。大阪夏の陣が終わってから『雪村』に戻れば、生き残れる可能性があるんだから」
うん。その為に今までさんざん模索してきたんだもんな。
でもそれ、雪村も解っていると思うよ? それでも敢えて触れなかったんだろう。
戻る方法が見つかっても、結局は『雪村を犠牲にする』か『雪と兼継を引き裂く』かの二択だ。ハッピーエンドになりそうもない。
……そりゃそうか。
『カオス戦国』には元々、ハッピーエンドが無いんだから。
それならどうやって、この状況を変えていけばいいんだろう。
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「お前は私を、何だと思っているのだ」
人払いした奥御殿、桜姫の部屋。
心底呆れた、といった顔つきの兼継が、額に手を当てている。
「金髪先生は沼田に必要な医者だ。見逃して欲しい」と、兼継を呼び寄せてびくびくしながら頼んだところ、先の返事が返ってきたのだ。
でも、そうは言うけどさ。
「麻沸散の調合方法を知っている医者なんて、あんたにとっちゃあ目障りで仕方ないだろ? それなら内密に医師を殺す、くらい考えてもおかしくないかな~と思って」
「生きとし生ける者は、この世で果たすべき役割を持って生まれている。その役割が善ならば、この世にとっての幸い。人を救う術を持つ医者など、その最たる者だ。尊敬こそすれ、屠る事など考える訳が無かろう。存在するだけで世を乱す神子姫などと一緒にするな」
きっぱりと言い切った兼継は、何てこと無いような口振りで言葉を続ける。
「そもそも麻沸散は全身麻酔薬。それだけで『雪村』に戻れる訳ではあるまい」
「……」
思わず ぐっ と息を呑んだ俺を見据えた兼継は、小さく息をついて目を逸らす。
しばらく黙って庭を見ていた兼継が、こちらを見ないまま独り言みたいに呟いた。
「羽衣を奪われた天女は男の妻になるが、隠された羽衣を見つけた途端に天へと還る。よくある昔話だ。だが私は天女に、羽衣を奪わずともここに残る選択をして欲しい。そう翻意出来ないのであれば、私の力不足だ」
「いや、でもさ。それも極端つーか……いくらあんたの事が好きでも『雪村を犠牲に出来ない』って雪の心情は察してやってよ」
「そうだな。ならば私は、雪村の言質を取った状況であっても、負けたという事になるのだろう」
ふと微笑んで、目を伏せる。
女の乙女ゲーマーだったら、このスチルだけで尊さに倒れ伏しそうな美麗さだ。
こいつ、自分の武器の使いどころを解ってやがるな……俺に見せても仕方ないが。
兼継は『大阪夏の陣以降に『雪村』に戻れば、生き残れる可能性がある』ことを知っている。だからあの時の、雪村の忖度にも気付いている筈だ。
穏やかに「雪の意思を尊重します」風を装っているけど…… こいつ、何としてもオトすために、雪の優しさに付け込む事にしたんじゃねーかな。
雪は現代の日本人らしく、他人に迷惑をかけるのを嫌うところがある。
『婚約破棄』を盾に罪悪感を植え付けて、逃がさない気マンマンだ。
そしてその策は見事に嵌り、雪は絶賛懊悩中。
「……あれ?」
俺はふと気になった。
そういえばこの世界は今、どのルートに進んでいるんだろう。
この世界では、兼継の好感度をまったく稼いでいない桜姫に代わって、雪が兼継と恋愛イベントを起こしていた。
雪の恋愛イベントは、ゲームで桜姫に発生していたイベントに酷似している。
相手が誰であれ、発生すべき『恋愛イベント』が起きているなら、この世界は『兼継ルート』に進んでいると、俺は思っていた。
正宗や清雅のルートと並行していた時期もあったが、兼継との『婚約イベント』も発生した。
何といっても『婚約』だ。恋愛イベントとしては最上級クラスだ。
だが『兼継ルート』に“桜姫と婚約する”イベントなんて無いぞ……?
この世界は本当に『兼継ルート』に進んでいるんだろうか。
ゲーム中で『婚約イベント』があるのは、清雅だけだ。
清雅かぁ……
俺はふと、形振り構わず好きな女を獲りにきている、愛染明王サマを見遣る。
……『清雅ルート』のフラグが折れてない可能性は置いておいて。
もしも雪が帰る鍵が『桜姫』だと知ったら、こいつはどう出るだろう。
『存在するだけで世を乱す神子姫』を殺りに来るか。
雪が『羽衣を奪わなくてもここに残る選択』をするまで翻意を待つか。
……たぶん殺しにくるな。
兼継ルートは『桜姫を天に還す』エンディングだ。
ゆ、雪のためにも俺のためにも、この件は絶対に知られる訳にはいかない!
「どうした? 羽衣が欲しくなったのなら何時でも言え。お前を消す分には『歴史の修正力』とやらも働くまい」
俺の考えを読んだかのようなタイミングで、涼やかな微笑みを浮かべた執政サマが、ごきりと指の関節を鳴らす。
こんなクソ台詞を吐いているのに、スチルになりそうな極上微笑なのが腹が立つ。
くそ! こいつを敵にまわすと本当に碌な事にならないな!!




