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311/383

311.小田原征伐32


「先生が作った麻沸散(まふつさん)で戻ったのです」


 影勝様や舞田殿も(まじ)えた席で、私は『雪村』に戻った方法を説明していた。

 美成殿から「病で女子の身体になっている」と聞かされても半信半疑だったらしい舞田殿が、「儂よりも大変な病ではありませんかな……?」と茫然としている。


「雪村、そろそろ」


 ひと通り説明し終わったところで、そばに座っていた桜姫が耳打ちした。強い薬を使った後だから、副作用が出ていないか先生に診察して貰う事になっている。

 私と桜姫はその場を失礼して、金髪先生が待つ部屋に戻った。



 +++


「麻沸散で戻った」と、あの場では言ったけれど、半分本当で半分嘘だ。


「本当に黙っていて、良いのでショウか……?」


 ポーズだけの診察をしながら、金髪先生が眉を下げた。

 桜姫と小介も、黙ったまま座っている。


「うん。それでもしも兼継殿に何か聞かれたら「麻沸散は、材料不足で作れません」って答えて」


 材料不足は本当だ。チョウセンアサガオの種子は使い切ってしまったから。

 ただ、麻沸散が『雪村に戻れる』薬って訳じゃない。


 上手くいくかは判らなかった。それでも残された時間も方法も無い。

 先生が調薬(ちょうやく)した『麻沸散』。

 私と桜姫は手を取り合い、それを飲んで昏睡した。

 やがて起き上がった私は、『雪村』に戻っていた――


 雪村に戻る為の『鍵』。

 それを握っていたのは桜姫だった。


 私たちは『雪村に戻る』条件は『深い気絶』と『エンディングに繋がるイベント』だと予想を立てていた。

『雪村』に戻れたのは、崖から落ちて意識を失った時で、その時は『バッドエンド』に繋がるイベント発生時だったから。


 でも清雅を庇って刺された時、私は『雪村』に戻らなかった。

 意識を失い、(あまつさ)えそれが『清雅エンド』に(つな)がるイベントだったにも関わらず。


 ずっとそれが繋がらなくて、解らなくて。


 ……麻沸散の試薬(しやく)が出来たと聞いたあの日。

 これがあれば任意で気絶が出来る。でもこれを使うのは怖いな。現世では麻沸散が完成するまでに、華岡青洲(はなおかせいしゅう)の奥さんが副作用で失明した(はず)だもん。麻酔も現世から持ち込めたら良かったのに、と考えて、やっと繋がった。


 桜井くんはこの世界と現世、両方に存在するものなら、持ったまま転移することが出来る。


 崖から落ちた時に一緒に居た桜井くんは、ほむらから落ちそうになった私を(つか)んだけれど、支えきれなかったと言っていた。

 あの時、きっと桜井くんは『真田雪緒の意識』を掴んで世界間転移をしたんだ。

 だから桜井くんがこっちに戻るまでの間は、私も現世に戻っていた。

 そう考えれば辻褄(つじつま)が合う。


『雪村に戻る』条件は、桜井くんが世界間転移をする時に『雪緒の意識』を持ち帰ること。


 そしておそらく、 桜姫がエンディングを迎える時。

 この世界とお別れする時に『雪緒の意識』を持ち帰れば、私の意識は現世に戻ったままになって……

 そして雪村は (もと)に戻る。



「どうすんの、雪村様? 越後の執政と婚約したって聞いたけど」


 私が雪村じゃない事に気付いている小介が、珍しく躊躇(ためら)いがちな声になっている。同じような表情で桜姫も(うなず)いた。

 どうしたらいいかなんて決まっている。


「私は『雪村』に戻る。でも許されるならもう少し、時間が欲しい。だからみんな、その時まで協力してくれる?」


 みんな黙って頷いてくれたけど、私も今はどうしたらいいかなんて解らない。

 でも帰る前に、何としても関ケ原の結末を変えたい。


 東条は結局、相模(さがみ)から常陸(ひたち)国替(くにが)えになった。

 御館(おたて)(らん)で、北条景虎(ほうじょうかげとら)が生き残ったこの世界の歴史は、現世の『小田原征伐』とは違う未来を辿(たど)った。

 それなら関ケ原も変えられる。きっと、たぶん、おそらく!! 


 私は必ず兼継殿の悲運を変えてから、現世に帰る。



 ***************                *************** 


 臥待月(ふしまちづき)の月明かりが、しんしんと冷え込む(ろう)に差し込んでいる。密やかな人の気配に、首藤は顔を上げた。


「――なんでオレが、こないな事になっとるんや。助けてくれるて言うたやないか」

「まずは確認したい。そなた、沼田で炎虎を見たか」

「そないなモン見てへんわ。なあ、オレはあんたの言った通りに」

「分かっておる。根回しする故、しばらく待て。……今夜は冷えるな。これは差し入れじゃ」


 割れた宝玉は見せられた。

 だが本当に炎虎は消滅したのか、確証が欲しくて仕掛けた策。

 城が襲われる程の惨事にも召喚されなかったのなら、炎虎は消滅したと見て良い。


 目的は達した。

 あとは酒に混ぜた附子(ぶし)の毒が、男の口を(ふさ)ぐだろう。


 差し出された瓢箪(ひょうたん)を奪い取り、酒を(あお)る首藤を最後まで見届けぬまま、人影はその場を立ち去った。



長々と続きましたが、小田原征伐のターン、終了です

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― 新着の感想 ―
ならほど!わー答え合わせまでに入れ替わりの条件を自力で解けなかったなぁ。桜井が現実で起きるときに物も持ち帰っていた、という話がここで活きるのか!おもしろーーい!!!
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