310.小田原征伐31 ~雪村回想~
「お前の運命を変える『天女』が降臨するよ」
夢枕に立たれた剣神公―― いえ、毘沙門天からお告げがあったのは、私が炎虎を下賜されて間もなく。桜姫をお迎えに行く事が決まった日の夜でした。
ですから私は当然、『天女』とは桜姫のことだと思いました。
幼い頃に尼寺で出会った、天女と見紛うばかりの美しい少女。
その母君からのお告げなのですから。
しかし私が越後へお迎えに参じ、姫が土蜘蛛に襲われているのを見た時。
私の意識は突然遠のき、代わりに『彼女』の意識が私を支配しました。
そして私たちの意識は ひとつの身体でひとつに溶け合い、ごく自然に土蜘蛛へと向かっていった。
『彼女』がどこから来たのか、何故私の中に居るのか。その時は解りませんでした。
しかし私は「ああ、この方が毘沙門天がおっしゃった『天女』なのだ」と、直観的に理解しました。
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それから私たちは、ひとつの身体の中で相談し合って、日々を暮らしていました。
異世界から来たという彼女は『未来を知る力』を持っていて、私ならば他の選択をするだろうと思うような選択もしたがった。
私はすべて、彼女の選択に従いました。
例えば安芸殿。
私ならば間者になどせず 殺していた。
しかしそうしていたら、私は東条の情報を得る機会を失い、今回の件も別の結末を迎えていたかも知れません――
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誰も口を開かない。
穏やかに話していた雪村が、改めて信倖に向き直った。
「兄上」
「……なに?」
「私は本来、近々起こる戦で命を落とす運命なのだそうです。ならば、戦に出ようの無い身体になれば、運命も変わる。『天女の降臨』は毘沙門天の差配。私がこのようになったのは、すべて毘沙門天の御心です」
「……」
「そして兼継殿」
少しだけ苦笑して、雪村が軽く睨め付ける。
「私は彼女の傍らで、ずっと見守ってきました。手助け出来ないのが歯痒くもありましたが……何というか、その……いたたまれない気持ちになる事も間々ありました。私はほむらが飼い猫のように懐くとは思っても見ませんでしたし、あんなによく笑う兼継殿も、そして女性にあれほど甘く囁く兼継殿も初めて見ました。挙句に兼継殿に至っては『雪村』に戻さない為の算段を始めてしまった……私は……私は……ッ!」
「いや、あの……すまん……」
「あはは、冗談です。好きな女子のことですからね、誰でもそうしますよ」
項垂れる兼継とは対照的に明るく笑い、雪村はゆっくりと三人を見渡した。
「そのような話がしたいのでは無いのです。先程もお話しましたが、私はあと数年の内に死ぬ運命です。天女は私を元に戻したがっていますが、それでは天女まで巻き込んで死を迎えてしまう。だから、私はもう戻りません。もしも『女性』のままであれば生き延びられるというのであれば、それ以降の生命は貴女のものだと、どうか天女にお伝え下さい」
深々と頭を下げた雪村が いつまで経っても頭を上げない。
それに気付いた時には、その身体はひとまわり小さくなっていた。




