31.兼継恋愛イベント其の一「越後花言葉」2
背が低い桜姫がいくら背伸びをしても、その花に手が届きそうにない。
私は背後から手を伸ばし、綺麗に咲いた紫の房に触れた。
「これを摘めばいいですか?」
「ええ、お願い」
枝から紫丁香花をひと房摘み取って手渡すと、桜姫は幸せそうな笑顔で礼を言った。
難しい顔で花言葉の冊子とにらめっこした結果、次に桜姫が兼継殿に贈ることにしたのは紫丁香花らしい。
どのような花言葉ですか? と聞いてみたら、いたずらっぽく笑って「内緒」と躱されてしまった。
知らない振りをしておいて何だけど、本当はこの花の花言葉は知っている。
紫丁香花の花言葉は『初恋』や『恋の芽生え』だ。
これは兼継殿が貰う花の定番だったから、雪村も知っていた。
がっつり恋愛系の花言葉だけど、雪村にはどう答えるのかなと思ったら やっぱり内緒かー。私は桜姫に微笑みかけたまま、内心苦笑した。
返歌の心配がなくなったからか、急に桜姫が花贈りに積極的になってしまった。
それはいい事なんだけど、奥御殿に行くと侍女衆の視線が生暖かくて、居心地が悪い。
雪村が、ほら、振られたみたいな扱いだから?
私はいいけど、雪村、ごめん。
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両手で包むように花を持ち、すんと匂いをかいだ後で 桜姫がそれを差し出した。
「じゃあ雪村、またお願いね?」
「はい、お任せください」
姫が首を傾げてにっこり笑っている。桜姫は挙動がいちいち可愛いなぁ。
先刻摘んだばかりの 美しい花房を受け取りながら、私は安堵の吐息をついた。
桜姫が兼継恋愛イベントに乗り気になってくれて良かったよ。
それにこうして散策中に花を選んでくれた方が、侍女衆に会わなくてすむから 正直助かる。
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「兼継殿、桜姫から返事のお花を預かってきました」
「やはりそちらの意味でとるか」
紫丁香花を渡そうとした私に、兼継殿はわずかに眉を寄せ、溜め息をついた。
どうしたんだろう?
困惑しているのが伝わったのか、表情を緩めて「済まないな」と言いながら花を受け取る。
何だかこういう態度は、兼継殿らしくない気がするな。
無造作に花を置く兼継殿を見返して、聞いてみる。
「兼継殿はいつもお返事に和歌を返していましたが、なぜ桜姫にだけ花を差し上げたのでしょうか?」
「ほう、さすがと妬いたか?」
「いえ、そういう訳では」
ああ、やっぱりそう取られるか。
妬いてはいないけど、念のため言っておこう。
「桜姫も奥御殿の侍女衆も、翁草にとても喜んでいました。でも今の兼継殿を見て心配になったのです。どうか姫を悲しませないで下さい」
心外な、とでも言いたげに、兼継殿があっさりと切り返す。
「悲しませるも何も。翁草には『何も求めない』という意味もある。都合の良いように解釈したのはあちらだろう」
私は唖然とした。たぶん私の中で雪村も唖然としている。
こんなに意地悪な兼継は見たことがない。
ゲーム中でも雪村の記憶の中でも。
そんな私から目を逸らし、兼継殿が淡々と続ける。
「花言葉はいろいろな意味がある。幾通りにも解釈される。あの風習が流行ったのは、自分にとって都合の良い解釈をする事が出来るが故の言葉遊びだ。私は上森の執政だからな。その様なことでも、家中の者の気持ちを無下にするような事はしたくない。だからといって期待を持たせる事は出来ない。私が今まで、返事と取れぬような和歌を返していた理由はそれだ」
そこまで言って、兼継殿が私に向き直る。
「だが桜姫は、雪村の気持ちを無下にしているように私には思える。お前が違うと言っても、私はそれが許し難い」
ようするに。
兼継殿は雪村を 気遣ってくれているってこと?
『私の想いを受けてください』という意味の花水木に対して、『何も求めない』と『告げられぬ恋』対極みたいな意味を持つ翁草を贈って反応を見て。
それで『恋の芽生え』を表す紫丁香花が返ったから、雪村のために怒ってくれている、ってこと?
「兼継殿らしくない」って思っていたけど、やっぱり兼継殿は兼継殿だった。
そういえば「義」至上主義の上森家の執政様は、友情に厚い設定だった。
もっと言うなら、影勝様には命懸けているようなところもある。
……乙女ゲームなんだから、その情の厚さを桜姫に向けてくれ。
普通に考えて、あれだけ桜姫にべったりで「お守りします」なんて言っていたら、雪村は桜姫のことが好きなんだろうと誰だって思うよね。
奥御殿の侍女衆だってそんな扱いだし、兼継殿が気をまわしすぎな訳じゃない。
身体が雪村だから、どうしてもそう思われてしまうけど。
「中」に居る私は女だから、桜姫に対して恋愛感情は本当に持っていないんだよ。
兼継殿にはそう言ったのに、やっぱり信じて貰えてない。
どう言ったら伝わるかなあ。
現世では喪女だったから、こういう恋愛沙汰の誤解の解き方が解らない。
結局私は、現在のありのままの感情を、そのまま伝える事にした。
「桜姫とは、本当にそういった間柄ではないのです。そもそも私は女性に対して、恋愛感情は持てないと思います」
いきなりシン……と空気が凍って、私はしばらく考えた末に、やっと己の失言に気が付いた。
あほか私!? これじゃまるでカミングアウトだ。身体は雪村なんだぞ!
「いや、ええと、そういう意味ではなく」
あわあわと慌てる私を見て、兼継殿がこれまた珍しく爆笑した。
涙目になってくすくす笑う兼継殿が、ぽんと私の肩に手を置き、震えを堪えた声を絞り出す。
「わかったわかった。冷やかして悪かった。雪村にはまだ早かったな」
たぶん私は真っ赤な顔をしているだろう。慌てすぎて耳まで熱いよ。
どうやらまた「恋愛がよくわかってない子供」だと思われたっぽい。
こんな所で兼継殿の「子供扱い」に助けられるとは思わなかったけど、とりあえず助かった。
「桜姫も様子見している節がある。こちらもそのつもりで対応するさ」
何てことないように言った兼継殿の声音は少し冷たかったけれど、メンタル削られ過ぎた私はもう、それ以上は踏み込めなかった。
花言葉は
日本の花言葉一覧 - 花言葉-由来というサイト様を参照させて頂いています。




