308.小田原征伐29
「……すまない。私が強引に、事を運んだせいだ」
人払いされた部屋で、ふたりきりになった途端。私が何か言うより先に、兼継殿が口を開いた。
どういう意味か解らなくて黙って見返すと、兼継殿が微かに苦笑する。
「本来の歴史とは違う未来を選択しようとした場合『歴史の修正力』という力が働くそうだな。――私はどうしても お前を手に入れたかった。たとえ策に掛けてでも。お前の意思を無視して強引に事を運ぼうとしたが故に、歴史に拒絶されたのだろう。お前にはまだやりたい事があったのだろうに、その時間を奪ってしまった」
「そのような。もともとこのように長い時間を、兼継殿と共にする運命ではなかったのです。私はその運命に感謝します。今までいろいろと助けて頂き…… ありがとうございました」
泣きそうになるのをぐっと堪えて、笑って兼継殿を見上げる。
五年待ったとしても、確実に雪村が生き延びる保証はない。そのために小介を犠牲には出来ない。
そして小介を犠牲にしない為には……私が『雪村』に戻るしかない。
まだ何も言っていないのに、兼継殿は私がそう決断した事を解っているみたいだった。
少し笑った兼継殿の ひんやりとした手が、私の頬に触れる。
「私は昔から、望みが叶った事など無いのだ。その私が望んだのだから、お前を失うのも道理だな」
「兼継殿……」
打開策なんてある訳ない。もう無理だって解っている。それでも。
……そんな顔をされたら、どんな運命だろうが 抗うしかないじゃないですか。
頬に触れた兼継殿の手に掌を重ね、私はきりりと兼継殿を見上げた。
「兼継殿。私は最後まで諦めません」
「雪?」
「私は兼継殿が好きです。その……あ、あいしています。だからここでお別れしたくありません」
びっくりしたように目を見開いた兼継殿が、泣き笑いみたいな顔で苦笑した。
「そのように甘やかな言葉を、宣戦布告のように言う娘はお前くらいだぞ」
「そ、そうですか?」
「当たり前だ。だが……やっと私も、望むものが手に入ったのだな。解った、お前に任せよう。だがもしもどうにもならなくなった時、最後は私を頼れ」
「はい!」
悲しさも不安も振り切って、元気に返事をする。
すべての選択肢がバッドエンドに繋がるなんてありえない。
どこかに必ず、この運命から逃れられる選択肢がある筈だ。
+++
ぼんやりと縁側から見上げた空には、筆で刷いたような雲がかかっていた。
あれから ずっとずっと考えている。
けれどどんなに考えても、この状況を覆す方法なんて思いつかなかった。
この展開は『カオス戦国』に無いから『ゲーム知識』というチート技が使えない。打開策があるのかどうかも解らない。どうしたらいいんだろう……
「どうしたの、雪村? 何か考えごと?」
「兄上」
隣に座った兄上に、私は改めて座り直し、深々と頭を下げた。
「この度は……」
「君は謝ってばかりだね。昔はそんな子じゃなかったよ」
ぐっと詰まった私に、兄上が困り顔で苦笑する。
「僕は真木の当主で、雪村の兄だ。雪村の事を考えるのなんて当たり前だし、危地に陥ったのなら一緒に打開策を考える。当然の事だよ。だからそんなに謝らないで」
「兄上……っ ありがとうございます」
兄上、雪村の事をそこまで考えてくれているのか……
兄弟愛に感動しつつ、私は改めて兄上を見つめた。
「では兄上、何か他に打開策はありますか?」
「うん、それについては分からない……」
ですよね
微妙な空気になったのを察したのか、兄上が慌ててにこりと笑った。
「そうだ。先日、療養所の若先生から文がきてね。小介の面会謝絶を解くそうだよ」
「良かった、容態が安定したのですね!」
怪我の程度が酷かった小介は、喋っただけでも傷が開くからと、今までお見舞いにいけなかった。やっと傷が塞がったのか。
「後でお見舞いに行ってきます」
「そうだね。他に方法が見つからなければ、小介の協力が必要になる訳だし」
ちょっと躊躇いがちに、兄上がぽつりと呟く。
どんなに考えても見つけられない。
「私が『雪村』に戻る」以外の打開策は、それしか無い……




