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307/383

307.小田原征伐28


「――上洛、ですか?」


 ぽかんとしている私の前には、憔悴(しょうすい)し切った兄上と、苦虫を()み潰したような顔の美成殿が、並んで座っている。

 ちらりとお互いを見遣(みや)った後で、兄上がゆっくりと口を開いた。


「うん。富豊から上洛命令が来たんだよ。……『雪村』に」



 +++


 美成殿の話によると。


 五大老、五奉行が揃った席で、陰虎様は今回の件について申し開きをした。

 此度(こたび)の件は家臣の独断、東条家は(あずか)り知らぬ事であると。上森の()()しもあり、相模(さがみ)から常陸(ひたち)への国替(くにが)えという措置で収まりそうになった矢先(やさき)に、切腹を申し付けられた首藤が淡々と申し開きを始めた。


「自分は沼田城城代・真木雪村より、東条に(くだ)(むね)を内々に伝えられていた。それを反故にされただけで、惣無事令(そうぶじれい)に違反するつもりなどさらさら無かった」と。


 そこまで言うならば証拠を出すように、と求められた首藤は「証拠は『真木雪村』自身。本人を上洛させ、詮議(せんぎ)して欲しい」と言い張った。


 では『下る内諾』を得ていた(はず)の雪村を斬ったのは、如何(いか)なる所存か。そも、城を襲った時点で惣無事令違反だと場が紛糾しかけたところで、黙って聞いていた徳山が口を開いた。


「ならばここに真木雪村を呼び、申し開きをさせれば良い」と。


「医師団の見立(みた)てでは、真木雪村は(いま)だ予断を許さぬ状態だ。上洛させるなどとんでもない」


 治療中の身を押して臨席した舞田殿も庇ってくれたけれど、「冤罪の可能性があるならば致し方ない」と徳山も引かなかったという。



 深い吐息をついて、美成殿が髪を()き上げた。


「あの男を見誤(みあやま)りましたね。東条殿が内部調査を行ったところ、首藤は徳山の調略を受けていた(ふし)があるそうですよ」


 徳山にどんな意図があって、沼田城奪取を(そそのか)したのかは解らない。

 ただ首藤が申し開きの場でも「真木雪村は女性だ。富豊を(だま)している」と、非難の矛先を変えてくると読んでいただけに、完全に裏をかかれた形になった。


「そうであれば楽だったのですがねぇ。乱心した、と切り捨てられますから」


 かつて『花見の宴』が開かれた際、『雪村』は神子姫の護衛として上洛している。

 桜姫を連れて城を脱出する『炎虎を従えた青年』を見た者は多く、その雪村が女子(おなご)だと騒いだところで、誰も信じる訳が無い。


「こうなっては、雪村が上洛するしかないでしょうね」


 美成殿も兄上も、そして私も、どうしていいか分からないまま、顔を見合わせた。



 +++


「影勝様より、経緯は(うかが)っている」


 兼継殿が淡々と(うなず)く。

『雪村上洛の件をどうするか』。美成殿と兄上が、兼継殿を呼び寄せて相談している席上で、私は兼継殿と目を合わせられないまま、しょんぼりと項垂(うなだ)れた。


「それで美成とも相談してさ。影武者をしていた家臣を『雪村』として上洛させる事にしたんだ。雪村は上方で、(ほとん)(めん)()れていないから。嘘をつかせて申し訳ないけれど、上森家も口裏(くちうら)を合わせて欲しい」


 舞田殿と政所様には美成殿が手を回してくれて、口裏を合わせてくれる事になっている。少し眉を(ひそ)めて、兼継殿が兄上に向き直った。


「それは構わぬが、花押はどうするつもりだ。徳山殿は必ず、『雪村』である証拠の提示を求めるぞ」

「あ」


 意表を突かれた顔になった兄上の隣で、美成殿が(こと)()げに言い放つ。


「影武者の右手を落せば良いでしょう。首藤に斬られたとでも言えば良い」


 ドSな美成殿の言葉に、兼継殿も兄上も息を呑んで美成殿を凝視(ぎょうし)した。

 ……ここらが潮時か。

 私はなるべく感情を出さないように注意しながら、兼継殿の方に向き直った。


「兼継殿。あとで少し、お時間を貰えませんか?」




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