306.小田原征伐27
父上が知恵を絞りまくって築城した上田城。その守りは非常に堅い。
南側は千曲川が作り出した崖と尼ヶ淵が天然の堀になっていて、西には湿地地帯、北には矢出沢川の水を引き込んだ堀がある。
そして城下の道は、簡単に敵兵が通り抜けられないように作られている。
道の端々には、竹筒が深く埋められていて、近くの納屋には、柵に見立てた竹簾が仕舞われていた。
これは昔、城下に侵入した敵兵を迷わせようと 佐助たちが作ったものだ。
子供たちが作った簡易な柵。遠目なら誤魔化せても、いずれ見破られるだろう。
壊されるのを見越して、柵のそばに落とし穴を掘っておこう。
せっかくだから、穴の中には何かプレゼントを……
「落とし穴にハメるなら、中に汚水を張っておくのと竹槍を立てて仕込んでおくの、どっちの方が心が折れると思う?」
「雪村様。誰か憎い相手でもおられますかな?」
城下視察に付き合ってくれていた家老の宇野(六郎の父君ね)が引いている。
し、しまった。雪村の性格を疑われるような事を言ってしまった。
照れ笑いをしている私を見て、宇野が「やはり側近が悪いせいで、このような」と憤慨している。
側近といえば。
兼継殿が言った通り、小介の事を城代だと思っている領民が、助けを呼ぼうと大騒ぎしてくれたお蔭で、家臣たちは一命を取り留めた。
「雪村が襲われて瀕死」という噂は、祭り中だった事もあって近隣諸国に即座に広まり、それを耳にした舞田殿が医師団を派遣してくれたからだ。
こんなに迅速に事が運んだのは「怪我人が大勢出る」と読んだ美成殿が、先んじて舞田殿にも知らせてくれていたからだと、後になって知った。
安芸さんを匿ってくれて、兄上に知らせてくれて。
おまけに糾弾の書状を出すまでの時間稼ぎに、同盟国の上森を使って歯止めを掛ける手筈まで整えてくれていた。
今回の件では、美成殿には本当に頭が上がらない。
「だ、だから……! そこまで懇意にしているならそう言ってよ! 舞田殿ご自身が病なのに、医師団派遣なんてどんだけだよ!」
五大老筆頭からの医師団派遣の件については兄上に、またまた報連相のおざなりさを怒られたけどね。
兄上には詳しく話していないけれど、今、舞田殿は清雅の治癒を受けている。完治には少し時間が掛かるそうだけど、治る目途は立ったらしい。
そして医師団を派遣して貰ったお陰で、家臣達も順調に回復している。
今はいろいろな事が一段落して、ゆったりのんびり過ごしているところなのです。
「平和だねぇ……」
「そうですな」
「……雪村様ー!」
微かに聞き覚えがある声がして、私と宇野は遠くを見つめた後で顔を見合わせた。
「あれ、六郎……かな?」
「そのようにも見えますが……いや、まさか」
遠くから駆けてくる旅支度の若者が、スキップしながらぶんぶん手を振っている。顔や声は六郎に似ているけれど、あの六郎がはしゃいでいるなんて信じられない。
はしゃぎ過ぎたのか ぜえぜえ肩で息をしている六郎を、私はぽかんと見上げた。
咄嗟に言葉が出ない私に替わって、宇野が呆れた顔になる。
「なんじゃ六郎。その犬っころみたいな態度は」
「どうしたの六郎? こっちに何か用事?」
「はあ!? あんたが困っているだろうと思ったから俺は」
「こっちには宇野がいるから」
「俺なんか必要ないって言うんですか!?」
しまった。そう取られたか。
「そうじゃないよ。六郎は兄上の乳兄弟だから、いずれは腹心としてお支えする立場じゃないか。せっかく兄上が沼田常駐になったのに」
「そりゃそうですが、あんたみたいなボンクラを、放っておける訳ないでしょ」
「おおおお前は雪村様に、いつもそんな口をきいておるのか……!?」
「げっ、親父殿、居たんですか!? ええと、あの、俺が預けられていた武隈重臣の高崎殿も、信厳公にはこんな態度で」
「よそはよそ! ウチはウチ!!」
宇野のげんこつが、六郎の頭に炸裂した。
「今度は父君にみっちり鍛えて貰いなよ。その方が将来、兄上の良い腹心になれるよ」
笑って慰めて、私は涙目になって頭を押さえている六郎の背を叩いた。
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こうしてこっちの世界の『小田原征伐』は終わった。――と思っていたのに。
『衆道』だと思っていた首藤のスキルが『道連れ自爆』だったと思い知らされるのは、もう少し後になってからの事だった。
今まで清雅を全力でイジっている美成しか書けていませんでしたが、デキる奴ですってところが書けたので、もう心残りはありません(自己満足)




