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302.小田原征伐23 ~side K~


「――兼継殿!」


 隣に居た信倖には目もくれず、自分に抱きついてきた雪を、兼継は込み上げる感情のままに抱き締めた。


 危地に(おちい)ったあの時。他の誰でもない、自分を呼んでくれた。

 それでやっと突き止められた。

 必死で霊気を探っても『獅子』の神気に(はば)まれて、場所を特定出来なかったのだ。


 望んで望んで、何度も諦めようとしながらも諦めきれず、やっと手の内に降りてきてくれた天女。

 元から華奢(きゃしゃ)だった身体が、壊れそうなほど頼りなげになっている。

 それでも無事に戻ってきた。


 そっと安堵の息をつき、兼継は憎悪に顔を赤く染めた首藤を見据(みす)えた。


 ――この天女を真に手にするには、(しば)し戦わなければならない。



 +++


「首藤殿。これはどうした事かご説明願いたい」

「説明も何も、関係ない奴は引っ込んどき。そいつはオレの女や。陰虎様には話してある。証拠の文も見せた。これや」


 首藤は偽文を示しながら、先ほど雪村に語った計略を、さも本当の事のように滔々(とうとう)とまくしたてた。

 端然(たんぜん)と立つ兼継を見遣り、勝ち誇った笑みを浮かべる。


「これでわかった? オレと雪村は恋人同士や。兼継、あんたがとやかく言う筋合(すじあ)いなんて何もあらへん」

「これは()な事を。個人の嗜好をとやかく言う筋合いは無かろうが、さすがに縁組は男女で組むべきものではないか?」


 淡々と言い返す兼継を、首藤が眉間に(しわ)を寄せて見返す。


「は? 何を言うてんのかさっぱり解らへんわ」

「解らないのはこちらの方だ。真木雪村はれっきとした男子。そうだな? 信倖」

「当たり前だろ」

「何故、その雪村と恋文の()()りという話になるのかが解らない。……しんば そうであったとして、その関係に『当主が縁組の許可を出した』と言い張るのは無理があるのでは?」


 兼継が目線を向けた先で、信倖も黙って頷く。


『雪村を男と偽って官位を得ていた件。それを富豊や朝廷にばらされたくなければ、沼田城を明け渡せ』


 皆が揃ったこの場で、真木の当主を(おど)す訳にも行かない。そしてこのような状態になった今、策は頓挫(とんざ)したと言っていいだろう。

 上森剣神の薫陶(くんとう)を受けて育った主君の陰虎は、道理(どうり)に反した事を嫌う。このような計略を()としない。

 だからこそ、主君をも(たばか)っていたのだ。

 そもそも富豊を謀った罪など、東条には何の関係もないのだから。


 即座に方針を変えた首藤は『図らずも(だま)された男』を演じ、雪村を糾弾し始めた。


「雪村、これはどういう事や。あんた、オレとの縁組の段取りを、兄上さんにつけてくれたんやなかったの? あの返事はそういう意味だと取っていたけど? あんたのせいでオレは、陰虎様にご迷惑をおかけしてしまいそうや。どないしてくれんねん。そもそも何で他の男に抱きついてんの? ホンマにとんでもない女やな! 離れろ、この阿婆擦(あばず)れが!!」


 罵倒に怯えたかのように、雪が更にしがみ付いてくる。

 

 打ち合わせた訳ではないが、これなら余計な事は口走るまい。

 そう判断した兼継は、ほとほと呆れたと言わんばかりの表情を作り、雪の前髪を さらりと()き上げた。


「何やら大きな勘違いをなさっているようだが、この娘は雪村ではない。真木縁者の娘で、名を雪と言う。侍女として仕えていた頃に見初(みそ)めてな、内々で縁組の打診をしていたところだ」


 (あら)わになったその額には、兼継の花押(かおう)が浮かんでいた。



 ***************                ***************


 しん と静まり返った室内に、兼継の声だけが切々と響く。


「いつぞやの観楓会前日だったか。私は上方の真木邸で、ここに居られる真木家当主殿に、この娘との縁組を望んでいる(むね)を直接伝えている。そうだな? 信倖」

「そ……の通りです」


 酔っぱらいの戯言(ざれごと)だ、と聞かなかった事にしていたが。本人はしっかり本気で、長きに渡って返事を待っていたらしい。

 兼継の方を見られずに、信倖はぎしぎしと(うつむ)いた。


「当主の承諾が得られておらぬ(ゆえ)、まだ正式にお伝えした訳ではないが。私がこの娘と懇意(こんい)にしている事は、影勝様もご承知の(はず)。そうですね? 影勝様」

「……承知している」


 雪村と親しい事を知っているかと聞かれれば、そうとしか答えようが無い。

 詭弁(きべん)ではあるが、どちらも嘘は言っていないのだ。


「聞けば首藤殿が『雪村』を見初めたのは今年、相模の市でとの事でしたな。ならばどちらにせよ私の方が先だ。そちらには身を引いて頂きたい」

「先か後かなんて関係ないやろ!? この女は『雪』なんて侍女やない、沼田城城代の『雪村』や。そしてオレには、雪村の花押が入った恋文がある。直筆や! これが偽物やって言うなら筆跡を調べてもええよ!?」

「この状況を見ても、そう言える度胸には感心するが」


 くすりと笑い、兼継が挑発的に雪を強く抱き寄せる。


「名胡桃城へ向かう途中で暴漢に斬られた『雪村』は、療養所に(かつ)ぎ込まれて一命を取り留めたそうだ。雪村を(しい)して、そのように荒唐無稽(こうとうむけい)な話をでっち上げたかったのかも知れぬが、領民に見られていたのが災いしたな。「雪村が斬られた」という噂は城下に止まらず、加賀にまで伝わっているようだぞ? 五大老筆頭・舞田殿の元にもだ」

「雪村が斬られたところを領民が見ていた? ははっ、何を言うとるんや? ここに居るやん。オレが斬ったのは家臣や、雪村やない」

「首藤、真木の家臣を斬ったのか!?」


 今まで空気のように黙っていた陰虎が絶叫する。首藤の言葉に、信倖や影勝も目を見開いた。


 沼田城下では、小介が『雪村』として認識されている。その小介が正体不明の(ぞく)に斬られたのだから、領民にしてみれば『雪村の暗殺未遂』だ。

 そして、小介ら『真木家臣を襲った者』の正体が不明だったのだが、兼継の誘導に引っ掛かり、首藤は図らずも言質(げんち)を取られる羽目になった。


 顔色を無くした首藤が、兼継を(にら)みつけて開き直る。


「斬ったがどうした!? ああ、もう城なんてどーでもええわ! 真木雪村。あんたが富豊と朝廷を(だま)して官位を貰うたこと、お上にバラしてやる。そうなれば必ず処分が下る。上方からのお沙汰(さた)を震えて待っとき!」


 狂ったように哄笑する首藤。息を呑む信倖。

 それを兼継が、深淵の湖のような瞳で見つめている―― 




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