301.小田原征伐22
「雪……っ!」
突然立ち上がった兼継に、陰虎だけでなく、影勝も信倖も驚いて兼継を見上げた。
『首藤が邸に居ない。数日前から登城している様子も無く、どこにも姿が見えない』
その報せを受けて、登城するまで待て、いや今すぐ探し出して連れて来い、と押し問答の真っただ中だ。
探るように周囲を見渡した兼継が 足早に部屋を出て行く。
残された三人は顔を見合わせた後、訳も分からぬまま 急ぎその後を追った。
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「危ないなァ。オレがあんたみたいにおっきな目やったら潰されてたで?」
口元は嗤っているけど、目は全然笑っていない。
目を狙って突き出した腕を捕らえられ、私はきっと首藤を睨みつけた。
「いざとなったら急所を狙え」
と、桜井くんに教わった空手で目潰しを狙ったけれど、寸でのところで躱された。
身体に力が入らない、ぜんぜん動けてない。
ここ数日の監禁で弱った身体は、限界なんてとっくに超えている。
掴まれた手首を乱暴に捻り上げられ、私は悲鳴を呑み込んだ。
この体勢じゃ何も出来ない。
泣きたくなんかないのに、勝手に涙が滲んでくる。
「離して下さい! 離せ!!」
「毒も抜けてへんやろうに元気な子やなぁ。さっさと契って、花押のひとつも刻んでもうたらあんたも諦めるやろ、そのまま陰虎様に引き合わせて縁組の許可を貰うつもりで、直接ここに連れて来たけど。こんなに暴れる元気があるなら、陰虎様の前で何を口走るか判らんわ。面を通すのは保留や」
どうしてわざわざ、陰虎様の居城でエロいコトをしようと思ったんだ、と不思議に思っていたけど、そういう理由か。それならここに影勝様や兼継殿が来ていたのは、首藤としても想定外だったのかも知れない。
熱っぽい掌が、ぐいと私の顔を鷲掴んだ。
「さて、花嫁サンをいつまでも城の座敷牢に入れておく訳にもいかんしな、そろそろ我が邸へご同道願いましょ。――ああでも、また暴れられたら面倒やなぁ。ホンマに面倒。気絶させるか? いや、もういっそ、殺してしまいたいわ」
「……!? ……やっ……!」
骨ばった手が首に掛かって、じわじわと締め上げてくる。
苦しい、息ができない。
涙で歪んだ視界が だんだんと暗くなる。
お道化た狐顔が 悶える私を見て 楽しげに嗤っていた――
「――雪!」
ぱん と襖が開いて、滲んだ視界に兼継殿が映って。
私は無我夢中で首藤の腕を振り解き、兼継殿に駆け寄った。
足に力が入らない。
よろけた身体が抱き留められ、そのまま強く抱き締められた。
信じられない。
追い詰められ過ぎて、願望が見えているだけじゃないかって気がする。
けれど羽織から香る焚き染められた沈香は、絶対に本物の兼継殿だ。
泣きたいのを堪えて、私は夢中で兼継殿に抱きついた。
「兼継殿、兼継殿! もうお会いできないかと思いました……っ!」
「遅くなって済まない、雪。もう離さない……!」
兼継殿が熱烈に抱き返して来て、私はふと我に返った。
……ん? 兼継殿ってこんな台詞を言うキャラだっけ?
いや、それより私が今、ナニをやっちゃっているんですか!?
「こほん」
すぐ近くで咳払いが聞こえて、私はそろそろとそちらに顔を向けた。
兄上が、気まずそうに目を逸らしている。
「あ」
にうえ、いらしたんですか。と、続けようとした口が兼継殿の掌で塞がれて。
私は目を白黒させながら、兼継殿を見上げた。




