30.兼継恋愛イベント其の一「越後花言葉」1
「雪村、兼継殿にお花を用意したの。渡してくれる?」
桜姫が、はみかみながら花水木の花を渡してきたのは、雪村の恋愛イベントが 不慮の事故で進んでから数日後の事だった。
良かった。和歌の返事を嫌がって、兼継イベントをスルーしそうな雰囲気だったけれど、とりあえず私の勧めは聞いてくれたみたい。
ゲームの『兼継』は、親しくないうちからガツガツいくと、逆に好感度が下がるタイプのキャラだった。
そしてこっちの世界の兼継殿も、それは変わらない感じがする。
いきなり情熱的な意味を持つ花じゃなく、「私の想いを受け取ってください」という意味の花水木をセレクトしたのは正解だと思う。
ゲームでは『紅花翁草』『桃』『花水木』の三択で、花水木は一番、好感度が上がる花でもあったしね。
ちなみに紅花翁草は「君を愛す」桃は「私はあなたのとりこ」という、なかなか情熱的な意味の花言葉だ。
「わかりました。お任せください」
照れてにこにこしている桜姫が可愛くて、私も自然と笑顔になった。
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その日の夜。兼継殿がお邸に戻ったのを見計らい、私は花水木を兼継殿の部屋へ届けに行った。
部屋で書籍を読んでいた兼継殿が、花を見て不思議そうな表情になる。
「桜姫から預かってきました。どうかお受け取り下さい」
「……桜姫はこれをお前に託したのか? 随分と豪胆だな」
「?」
きょとんとしたように見えたんだろう。
兼継殿が微かに苦笑して、目を逸らす。
「花水木なら感謝の意とも取れるだろうが、それでもわざわざ雪村に託すとは。酷な真似をする姫君だ」
何だか兼継殿の心象がよくないみたいだ。私は慌てて言い繕った。
「私が姫に越後の風習をお教えしたのです。兼継殿にはお世話になっているのですし、贈ってみては、と言ったのも私です」
「お前は本当に、この風習の意味をわかっているのか? 知っていて勧めたのだとしたら、お前も大概だぞ」
兼継殿に花を贈っている女の子なんて数えきれないほど見てきたけど、こんなにダメ出しされた人なんて見たことない。
それ以前に、兼継殿の言っている意味がぜんぜん解らない。
戸惑っている雰囲気を察したんだろう。兼継殿が視線を戻して、こちらも不思議そうに聞き返してくる。
「私は、雪村と桜姫は想いあっていると思っていたが? 桜姫に、私への花贈りを勧めるお前も理解できぬが、雪村にその花を託す桜姫も理解し難い」
しまった、そこか!
私は慌てて、首をぶんぶんと横に振った。
「桜姫とはそういった間柄ではありません。ただ、信厳公より「姫をお守りせよ」と最期の願いを賜りました。大切にお守りしなければと真剣に思っております」
「男女の仲とは、そのように割り切れるものではない。お前はまだ解っていない」
いやちょっと! 桜姫は兼継ルートに誘導したいのに、当人にこんな誤解をされてちゃ進展させようがないよ!
何とかしなければ。その一心で私は熱弁を揮った。
「桜姫は神の子です。兼継殿のおっしゃる通り、ただの男子に過ぎない私では、真の意味でお守りすることは出来ない。兼継殿にしか出来ません。だから」
「待て! お前は何を言っている」
兼継殿に鋭く遮られて、私はふと我に返った。
しまった! 兼継が愛染明王の化身なのはエンディングまで秘密だった。
うっかりそれを匂わすような事を言っちゃった!
――兼継殿を誤魔化し切るなんて不可能だ、逃げろ!――
と、私の中で盛んに雪村が警告するので、私は一目散に部屋から退散した。
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「雪村、後で私の部屋へ」
朝餉の席で兼継殿から声をかけられた私は、軽く緊張しながら、兼継殿の部屋へ向かった。
「兼継殿を一番信頼していますので、姫をお任せするなら兼継殿しか居ないと思い、あのように言いました」
昨日のことを蒸し返されたらそう返そうと構えていたけど、兼継殿はその事には触れず、床の間に置かれた花器から 花を一輪、抜き取った。
「これを姫に」
花水木を突き返された訳じゃない。どことなくふわりとした 赤紫色の花。
だからと言ってその花は、ゲームの兼継が姫に返した『感謝』を意味する風鈴草でもなかった。
……どういうこと?
「お前と姫がそのつもりなら、それに乗ってやろうと思ってな」
花と兼継殿を交互に見ている私に、澄ました表情で花を渡してきたけれど。
兼継殿は、花の意味については教えてくれなかった。
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私も雪村も、花や花言葉にはあまり詳しくない。
だからこの赤紫の花が何なのかは解らない。
「兼継殿から預かってきました」
持ち帰った花を見た途端、奥御殿の侍女衆から声にならない悲鳴が上がった。
きょとんとした顔で周囲を見回す桜姫に、側に居た侍女が「よかったですわね、姫さま!」と涙ぐまんばかりの勢いで肩を揺する。
『告げられぬ恋』
それがその花、『翁草』の花言葉らしい。
「きっと兼継様は雪村に遠慮して、想いを伝えられなかったのですわ!」
「お花を返されたというだけで、姫さまの特別さが窺えます。兼継様はいつも花ではなく、和歌を返されますのよ」
「それはそれでときめくのですけれどね。ただその和歌が「恋の返事」ではなく、その花を題材に詠ったものですので、兼継様のお気持ちは解らず仕舞いですのよ」
そんな返事をしていたのか。
道理で花を貰いまくっていたのに、彼女が出来てないわけだ。
侍女衆はとても喜んでいるけれど、どうにも私は腑に落ちない。
昨日の兼継殿は、桜姫に秘めた恋をしているようには見えなかったし、こんなに序盤で、あの兼継殿が軽い返事をするなんて、キャラに合ってない気がする。
「姫さま、さっそくお返事の花を贈らなくては!」
「雪村、またお花を届けて貰うことになりそうだわ」
盛り上がる侍女衆に戸惑ったような微笑みを向けつつ、桜姫が呟いた。
私も曖昧に頷いて、返事をする。
色よい返事は貰えたけれど、どうにもしっくり来ない。
「返歌の心配は余計でしたね。お心を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」
私と姫がそのつもりなら「それに乗る」。
兼継殿はそう言っていたけれど、いったい何を考えているんだろう。
花言葉は
日本の花言葉一覧 - 花言葉-由来というサイト様を参照させて頂いています。




