299.小田原征伐20
――存外、演技派だな。
兼継は端然と座ったまま、熱り立つ鎧姿の信倖を見遣った。
陰虎が来るまでの短い間、簡単にではあるが経緯は聞いている。
狼煙が上がった直後、城下で祭りの警備に当たっていた真木の家臣たちは、一斉に城に戻った。
沼田には信倖が選りすぐった、優秀な家臣たちが配属されている。
それに加えて多勢に無勢。
城が手薄になる機を狙った襲撃は、家臣達の奮闘で、ほどなく鎮圧された。
ただ、名胡桃城へと向かっていた家臣たちが襲撃され、雪村が拐かされてしまった。それを沼田へと向かう道中で知った信倖は、そのまま単騎、相模へ馬首を向けたという。
城は取り返した。それにも関わらずのあの迫力だ。
理不尽な仕打ちに対する怒りもあろうが、それ以上に弟の身を案じているのだろう。
――あとは雪村を取り戻すだけだ。
兼継は微かに眉を顰めて首筋に手を当てると、声を抑えて信倖に囁きかけた。
「これからまた一悶着あるだろう。後でいくらでも責めは受ける故、今暫くの間、私に話を合わせてくれぬか?」
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「こ、このような暴挙が許されると思っているのですか!? 私が貴方から文など貰っていない、これは仕組まれた事だと言ってしまえば、それまでではないですか!」
「うん、まあそうやね。でも契られた後でもそんなコト、言うていられる?」
「や……っ!」
首筋に舌が這って、気持ち悪さに息を呑んだ。
やめろこの変態狐、と罵倒しかけた言葉が途中で途切れる。
少しでも力を抜いたら小袖を脱がされそうで、必死で掛け衿を掴んでいるけれど、どんなに藻掻いても首藤の手を引っ掻いても、全然引き剥がせない。
ならば男がコレをされたらダメージが大きかろうと、頭のてっぺんの毛をまとめて引き抜いたら、面倒そうに私の手を払い除けた狐顔が、心底嫌そうに細目を眇めた。
「あのな? あんたとの恋仲を装うのは、兄上さんへのせめてもの気遣いと兼継への嫌がらせやって、さっき言うたやろ? 脅されて城と妹を差し出すんやから、せめて妹が愛するオトコって事にしといた方が、兄上さんも気が咎めへんやろうし、兼継がどんな顔をするかなんて、考えただけでゾクゾクするやろ。それを見たいだけや」
「見縊らないでいただきたい! そのような話を兄が信じるとお思いですか!?」
「この体勢で、ソレが言える度胸に感心するわ」
「ぐ……っ、こ、このような辱めを受けて、真木が屈服すると思ったら大間違いです!」
「ふうん。なら屈服してもらおか」
いきなり ぱん と乾いた音がして、頬に痛みが奔った。
私に馬乗りになった首藤が、思いきり振りかぶり、何度も何度も平手打ちをする。
唇の端が切れて 血の味が口に広がった。
「……っ」
「あんたらが黙って城を差し出せば、全部まるく収まるんや。東条は惣無事令に違反せずに沼田城が手に入るし、真木はお家の取り潰しを免れる。ええことづくめやないか。あんたはその為の人質や。こぉんな風に可愛がられたくなければ、 大人しくして?」
首藤が私の胸ぐらを、乱暴に掴んで引き摺り起こし、血が滲んだ唇の端をぺろりと舐める。
気持ち悪い……のは、とりあえず置いておいて。
殴りかかってきた時の顔が、大変楽しそうだった……思っていた以上の大変態だ。
まずい……まずいぞ、これは。考え無しに暴れても、こっちが不利になるだけだ。
ど……どうしたら……
――殺したくない、などと考えていては自分が死ぬぞ――
肥後で清雅に言われた言葉を 不意に思い出す。
ここは異世界の戦国時代だ、現世とは違うんだって、何度も思い知った筈なのに。
本当に私は何をやっているんだろう。兼継殿の忠告ばかりじゃなく、清雅の忠告も活かせてない……
――抵抗するのを止め、ぎゅっと目を瞑った。
これから先の事を考えると、怖くて怖くて泣きたくなる。
「……言うこと聞きますから……もう、乱暴なことはしないでください……」
「よしよし、ええ子やね」
骨張った手が頬を撫で、冷たい感触が 引き結んだ唇に押し付けられる。
そのままゆっくりと体重を掛けてきた首藤が 私を床に押し倒した。
変態狐//作中では「変態」と表現していますが、キャラクターの歪んだ性格に対する罵倒で、個人的な性的嗜好などに対する言葉ではありません。
あと今更書くのもアレですが、個人的に男キャラは ちょんまげではない設定で書いてます。
(ちょんまげ萌えの方は、脳内ちょんまげで読んで下さっても大丈夫です)




