298.小田原征伐19 ~side K~
主君と共に相模を訪れた兼継は、戦支度を解かぬまま端然と座る友の姿に、目を見開いた。
「――信倖? どうして此処に」
「それはこっちの台詞だよ。僕は自分の城が襲われた、その理由を問う為にここに来た。けれどこの部屋に通されたきり、ぜんぜん東条殿に会わせて貰えない」
言われてみれば尤もな理由だ。しかしこれは渡りに船、状況をよく知る者がここに居た。傍に膝をつき、兼継は何よりも知りたかった事を口にする。
「雪村は無事か」
「それを知る為に此処に来たんだ。美成の見送りで城外に出ていた雪村は、そのまま名胡桃城へ向かった。でも道中で襲われて……家臣たちが言うには、東条方に拐かされたと」
「…………」
「……やだな兼継、そんな顔しないでよ。兄以上に心配されたら、僕の立場がない」
顔色を無くして座り込む友人に、信倖は少しだけ苦笑した。
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「沼田城が襲われた!? 同盟の打診じゃないの!??」
「……お前は、知らんのか」
案内も乞わず、陰虎の居室に乗り込んだ影勝は、腰を抜かさんばかりに驚いている義弟を無表情で見返した。
視線を彷徨わせていた陰虎が、気まずそうに口を開く。
「その件については首藤に任せていたから、よく分からないんだ。あいつ「想い人がいるから縁組の許可が欲しい」って言ってきてさ。それがその……真木雪村だって。雪村とは文の遣り取りもしているって、花押が入った直筆の文も見せられた。それで「縁組を足掛かりにして同盟を結べば、惣無事令に違反せずに沼田城が手に入る」って言っていたから」
「そのような話を、お前は信じたのか」
「いや、変だなとは思ったさ。『雪村が女子』って話は、花たちが作っている写本の創作話じゃなかったかな? と思ってさ。雪村は兼継が世話をしていたし、そっちは今も桜姫を介して、真木とは繋がりがあるだろう? それなら影勝に聞けば判ると思って、家族構成を聞いたら「ふたり兄弟だ」って言うしさ。首藤に「雪村じゃなく、別人じゃないの? 偽文を掴まされてない?」って言ったけど……あいつは自信過剰なところがあるから、聞き入れてくれなくて……」
自信なさげに俯く陰虎を見遣り、影勝は小さく吐息をついた。
この義弟は持ち前の美貌で、人を魅了する術には長けていたが、押しが弱いところがある。かつて共に剣神の養子となっていた時も、近習たちを纏められない事が間々あった。首藤はその頃に、率先して動いていた家臣だ。
側近として重用していても、未だ首藤を御し切れていないという事か。
「僕にも、状況がよく分からないんだ。それなのに真木の当主が、血相を変えて乗り込んで来て……どうしたらいいか分からなくて」
「話は解った。……だが真木殿をいつまでも待たせるな。いくぞ」
俯く陰虎の肩を叩き、影勝は立ち上がった。
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「――真木殿の話は解りました。しかし首藤の話も聞かなければならない。一方の話だけでは判断出来ません。あいつは評定で『真木との同盟』を議題に上げていたんだ。決して力づくで奪おうとした訳では無いと」
「私は首藤殿から、いえ、東条の誰からもそのような話は一切受けておりません。 ……力づくで奪おうとした訳ではない……? 事実、わが城は踏み荒らされ、剰え乱取りまで行われた。それでも貴方はそう仰るか!?」
弁解じみた陰虎の言葉が、荒々しく遮られる。必死で張った虚勢など、あっという間に吹き飛んだ。
息を呑んで後退る陰虎の肩をぎりりと掴み、信倖が低く唸る。
「双方の話を聞くという姿勢は結構。ならば今すぐ、首藤殿をここへ。――今、すぐに!!」
「……首藤を ここに呼べ」
蒼白な顔で目を見開いたまま、陰虎は家臣に命じた。




