297.小田原征伐18
これから先、R15な表現(当社比)があります。
苦手な方はしばらく閲覧をお控えください。
「……」
暫く茫然とした後、だんだん怒りが湧いて来た。
腹が立ちすぎて頭がくらくらする。よくもそんなストーリーを考えついたものだ。
こんな男のくだらない悪巧みが、私の家臣たちを滅茶苦茶にした。
――絶対に許せない。
「証拠も無いのに馬鹿々々しい。私は貴方に文など送っていませんし、言われるような恋文も一切受け取っておりません。当然、兄も与り知らぬ事です」
「困った子やね。オレからの恋文、捨ててしもたの?」
「貴方の一方的な証言だけで、このような事が罷り通るとお思いですか!?」
「当たり前やろ。このオレが、勝算の無い戦を仕掛けるとでも思っとる?」
突然真顔になった首藤が、私の顎を鷲掴んで顔を覗き込んでくる。
「は……っ離して下さ……」
「しっかしホンマに、五年前と全然変わってへんなぁ。あの頃から兼継はこのこと、知っとったん?」
「なにが……ですか」
「まあ今更どうでもええか。なあ雪村、あんた富豊に臣従が決まった時に、朝廷から官位を貰うてるやろ? 病や言うて上洛しなかったらしいけど。男と偽って女が官位を貰うなんて、富豊も朝廷も騙したっちゅう事や。そんな事してタダで済むと思うてる? あんた今、オレにとんでもない弱味を握られたんやで?」
「離……せっ!」
必死で藻掻いても、力が入らなくて全然外せない。
嫌がっている私を楽しげに眺めていた首藤が、いきなり顔を寄せてきた。頬に舌が這い、気持ち悪さに身が竦む。
「……っ、やめて!!」
「勘違いすんな。オレはあんたの事なんて、ホントは全然、なーんとも思ってへん。『雪村との恋仲』を装うんは、惣無事令に違反せず沼田城を奪う為の方便や。でも」
耳朶を甘噛みしてきた首藤が、擽るように耳元で囁く。
「ホンマにそうなった時の兼継の顔、ちょっと見てみたくなったわ。五年前なりふり構わず守った女を、結局オレに汚されたって知ったら……あいつ、どんな顔をするやろな」
なななな何だそのエロゲみたいな台詞! いや、エロゲですけど!!
ぎょっとして身を引き、思わず呟く。
「下衆……」
「そお? 嫌いな奴への嫌がらせなんて、普通にありやろ」
あっけらかんと言った首藤が、にっと嗤った。
「とりあえず、あんたの兄上さんとハナシをつけて、『真木の婿養子』って形でオレを沼田の城代に据えて貰おか。ええ案やと思わない? 天下の富豊を騙してたんや。家を取り潰されるか、あんたごと城をひとつ明け渡すか。真木の当主ならどっちを選ぶかなんて明白やろ? でもオレも鬼やない。「あんたを娶れば、いずれ真木の血筋の子が沼田城の城主や」って言えば、兄上さんも納得するんとちがう? ま、オレはそうなる前に、さっさと東条に下るけどな。ほーら、惣無事令になんか掠りもせずに『沼田城攻略』一丁上がり~や」
この人、雪村がもともと女だったと勘違いしているの?
今は実際こんな身体だし、『女子になる病』なんて荒唐無稽すぎて信じられないだろうけど。
それならもしかしてこの騒ぎ、陰虎様は知らないんじゃない? だって影勝様は「真木家はふたり兄弟」だと陰虎様に伝えたと聞いている。
「お待ち下さい。そもそもこれは、陰虎様が望まれた事なのですか?」
「あんたに関係ないやろ」
大ありだよ! こんな恋愛イベント(強制)ぶちかましておいて、何いってんの!?
離せ、離せ!
逃れようと更に暴れたら、首藤はさっき吐いた自分の台詞を思い出したらしい。
「ああそうや。何しに来たのか知らんけど、ちょうど今、ここに影勝と兼継が来とるんや。……ひとつ屋根の下で、好きな女が手籠めにされているってこの状況、兼継が知ったらどんな顔をするやろな? えろう萌えへん?」
萌えんわ!! ひいい何いってんの、この人ォ!?
そう突っ込む間もなく、畳の上に押し倒され、私はぎょっとして身を捩った。
即座に柔道の防御態勢を真似て腹ばいになったけど、苛めっ子の餌食になった亀のように、ころんと転がされる。
伸し掛かってくる首藤を必死で押し返しても、めちゃめちゃに手足を動かして暴れても、力が強くて全然払い除けられない。
「やめて下さい! 重い、離せ!!」
「当たり前やろ。体重、かけとんのやから」
骨ばった手が私の顎を鷲掴む。
ぎりりと睨みつけても、首藤は気楽そうな顔をして嗤っていた。
「いくら男の恰好したって、あんたは女や。どうも忘れとるようやから、ちょこっと思い出させてやらんとあかんなあ」
「……っ」
顎を掴んでいた手がするりと降りて、衿元に掛かる。
……まずい。
思わず息を呑んだ私を、三日月みたいな狐目が 楽しげに見下ろしていた。




