296.小田原征伐17
「――あっ!」
長櫃から乱暴に引き出され、畳の上に放られる。
放心状態のまま長櫃に突っ込まれた私は、いつの間にかここまで運ばれていた。
毒のせいかショックのせいか、それとも気を失っていたのか。
おそらく何日も長櫃に閉じ込められていたのに、全然記憶に残っていない。
「随分ぐっすりとおやすみやったなァ。でもこれ全部、夢やのうて現実やからね?」
乱暴に掴まれた肩が痛くて、私はやっと意識がはっきりしてきた。意識ははっきりしてきたけれど、毒がまだ抜けていないのか、身体が重くて動けない。
笑っているのにそうは見えない狐目を見据え、私はきっと首藤を睨み返した。
「首藤殿。城の襲撃は当然ですが、乱取りも惣無事令に違反します。解っていての、この所業なのでしょうか?」
「ええ? おっかしいなァ? オレ、愛しいあんたに会いに行って、お家騒動に巻き込まれただけやのに」
「――は?」
何を言っているんだろう。不審そうな私を見て、白皙の細面がくすくすと嗤う。
そして文箱から取り出した数通の文を、ぱらりと広げた。
「まあこれから、仲良うしぃひんとならへん訳やし。説明しといた方がええやろな」
「これは……」
雪村の花押が入った直筆の文を、私は茫然と見下ろした。
どうしてこれを首藤が持っているんだろう。
そこには、兼継殿に送りそびれた書き損じの文と、門馬くんが「雨で汚した」と言っていた、兄上に宛てた文があった。
そして最後に出されたのは、門馬くんに奪い取られた 美成殿に宛てた文。
驚いて声も出ない私を面白そうに眺めて、首藤が得々と説明しだす。
「覚えとる? 相模の市であんた、オレにぶつかったやろ? オレ、その時にあんたに一目惚れしてな。いや、一目惚れっちゅうのもおかしいか。五年前にあんたが越後に居った頃から可愛いと思うとったけど、無理矢理 引き裂かれたんやから。しかし女子だったとはなァ。こらあもう運命やろと思ったオレは、さっそくあんたに恋文を送った。そしたら届いた返事がコレや」
長くて骨ばった指が、『私も好きです』と一言だけ書かれた 兼継殿に宛てた文を摘まむ。
「両想いやったんか、そんな気はしていたけどな、と喜んだオレは、さっそく積年の熱っつ~い恋心を認めて、あんたに会いに行きたいと伝えた。そしたら返って来たのがこちら」
「……」
『文を嬉しく読ませていただきました。お見通しだったのですね、昔から私も大好きでした。こちらにいらっしゃるのを楽しみにしていますね。道中、お気を付けて』
りんごへの熱っつ~い想いと、兄上の来訪を待ち望む旨を認めた文。
祭りの前日、書庫に大量の文が隠されていたって聞いたけれど、こんな風に”都合の良い文”を探す為に持ち出されていたのか。
「そして最後に」
わざとらしい燥いだ声で、首藤が門馬くんの手蹟の文をがさりと開く。
「あんたを娶りたいと望んだオレは「真木の当主サンに会って、縁組のお許しを得たい。場を設けてくれへんか。もしもあんたが沼田の城代を辞められへんのなら、真木に婿入りできるよう陰虎様に掛け合ってもいい。何よりも、早うあんたに会いたくて仕方が無い」と伝えた。そしたらあんたは兄上さんに話を付けてくれて、こぉんな文をくれたちゅう訳や」
『ご依頼の件、承知いたしました。ご訪問を心よりお待ちしております。兄の許しは得ておりますので、よろしくお願い致します』
美成殿に宛てた筈の文をひらひらとさせながら、さも困った顔を作る。
「それで陰虎様から、真木との縁組と同盟の内諾を得たオレは、愛しいあんたに会いに来た。そしたら何と沼田では、お家騒動の真っ最中。オレはそれを鎮圧して、こないな物騒なとこに未来の花嫁を置いておけんと思って、相模にお連れしたちゅう訳や」
……何を言っているの?
楽しげに嗤う狐目の細面を、私は得体の知れない化物でも見ているような心地で、茫然と見返した。




