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293.小田原征伐14


 小介と数名の家臣たちに先導され、私は名胡桃城(なぐるみじょう)へ向かった。

 名胡桃城は沼田城の支城(しじょう)で、日本史では、北条氏の策に(はま)って奪われるのはこの城だった。

 過去に真田氏が沼田城を攻略する際に、前線になった城でもある。

 それならこっちの世界でも、そのように使わせてもらおう。



 +++


 名胡桃城へと向かう道中、小介が当時の沼田城の様子を話してくれた。


 東条武士たちは商人を名乗り、帯刀(たいとう)せず丸腰だった。それでこちらは反物を回収に来た商人だと思い込み、不意を突かれたみたいだ。


 それなら敵は少人数。狼煙(のろし)に気づいた家臣たちが城に戻れば。

 そして名胡桃で援軍を編成して沼田に戻れば、形勢の逆転は十分に可能だ。


 前々から相模の様子を探っていた佐助は「相模城下の問屋(とんや)に変わった様子は無い」と言って居たし、武器や兵糧(ひょうろう)など、本格的な戦支度(いくさじたく)をしている様子はない。

 今後、援軍が送られてくる可能性は低いと思う。


 だとしたら、城に入った東条武士は捨て石みたいなものじゃない? 

 いったいどういう事だろう……


「おい!」


 がさがさと葉音がして、そばの繁みから門馬くんが飛び出してきた。獣道を急いで追ってきたのか、息が上がっている。


「門馬、無事だったか!」

「ええ。何であんな事に」

「まだ判らない。現状を把握する為にも一旦(いったん)、名胡桃城へ引く」

「俺はこの辺の地理に詳しいです。名胡桃城までの近道を知っているんで案内します」

「そうか、頼む」


 そういえば右筆(ゆうひつ)たちが、門馬くんが他にも文を隠していないか確認する為に呼ぶって言っていたっけ。そんなタイミングでこんな事が起きちゃったのか。


 運が悪いなと思うけれど、土地勘がある地元っ子の案内が乞えたんだから、こちらとしては運が良かったかも知れない。



 +++


「雪村様、大丈夫?」


 小介がこそりと声を掛けてきて、私は笑って(うなず)いた。

 (こよみ)の上では秋でも、日差しはまだまだ強い。私が暑さに弱いのを知っている小介が、心配そうに肩を支えてくれる。


 道なき道を進んでいくと、樹々の合間に崩れかけた民家が見えて、門馬くんが振り返った。


「ここらで少し休憩しましょう。先は長いですし」


 さっき小介には()我慢(がまん)したけれど、結構キツイなと思っていた私は、内心ほっとして頷いた。



 +++


「喉が乾いているんじゃない? ……これ、どうぞ」


 門馬くんが、井戸から水を汲んできてくれた。透明な水が椀の中で木漏(こも)()を照り返し、ゆらゆらと揺れている。

 言われるまで意識していなかったけど、水を見たら急に、(のど)が乾いていた事に気がついた。


「ありがとう」


 椀を受け取ろうとした手がぐいと押し(とど)められて、私はびっくりして顔を上げた。


「どうしたの 小介?」

「ちょっと待って、雪村様。門馬。それ、お前が先に飲め」

「え?」

「この民家、人が住んでなさそうでしょ? そんなしばらく使われてなさそうな井戸の水、いきなり(あるじ)に飲ませられないっしょ」

「なら飲むなよ」

「いいから。お前が飲んでみろ」


「……」

「…………」


 しばらく(にら)み合ったあと、門馬くんが顔を(しか)めてひとくち水を飲む。


「ほら、これでいいんだろ!?」


 門馬くんが口を(ぬぐ)い、ぐいと椀を押し付けてきた。

 何だか鬼気迫るような迫力で、少し怖い……けれど、毒味までさせたら飲まざるを得ない。

 私はまだ何か言いたそうな小介を止めて、水に口をつけた。



 ……食い入るように見つめていた門馬くんが にい と(わら)って。

 その(おぞ)ましい笑い方に、思わず私は椀を取り落とした。

 小介が今まで見た事が無いような厳しい表情で、井戸に駆け寄る。


 静かな山中に、狂ったような(わら)(こえ)が響き渡る。

 私だけじゃなく家臣たちも皆、唖然(あぜん)として門馬くんを見返した。




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