29.雪村イベント・勃発 ~side S~
『花押を君に』。
あのゲームでは1日に1回、任意の武将に『討伐』を頼むと自動的に好感度が稼げるシステムがあった。
武将はふたりまで選べるから、戦闘力が高い雪村か霊力が高い兼継を『イベント戦闘用』に選択してレベル上げしておき、それにプラスして攻略したい奴を同行させるのが基本だ。
18禁乙女ゲームのくせに、こんな所に拘りを見せるのって間違ってない?
このゲームに手を出す乙女って、戦いに悦びを見いだす武闘派乙女じゃなくて、お子様はおととい来やがれな大人女子じゃないの?
まあそれは置いておいて。
ゲームではそうして『討伐』を頼んでおけば、勝手に好感度が上がってイベントが発生したんだが、ここではそうはいかない。
『討伐』コマンドがないのだ。当たり前だけど。
だったら俺は、どうやってあいつらの好感度を稼いだらいいんだよ。
『討伐』以外で好感度を稼ぐとなると、稀に発生する『通常会話イベント』もしくは『贈り物』で稼ぐしかない。
こっちの世界で、雪村の『通常会話』があれだけ発生してもこのザマだぞ?
他の奴で、イベント発生させられるほど稼げるか? 普通に無理だろ。
だからといって、好感度に関係なく選択肢だけで攻略できる、館正宗や加賀清雅に乗り換えるのも、気が乗らないんだよなぁ。
あいつらは東軍だから。
家靖もそうだが、東軍武将のルートに入ると、否応なく西軍の雪村たちを裏切ることになるから後味が悪い。
それはともかく雪村の奴、ずいぶんと恋の花言葉に詳しいな。まさかとは思うが「雪村に意中の女がいるから、桜姫との恋愛が進展しない」ってオチじゃないだろうな!?
乙女ゲームのメインヒーローにそんな裏設定があったら炎上必至だろうが、あのゲーム会社ならやりかねない。
兼継をやたら推してくるのも、それが原因かと勘繰りたくなるじゃないか。
俺は疑心暗鬼になりながら、雪村に尋ねた。
「ずいぶんと恋のお花に詳しいのね? 誰かにいただいた事があるの?」
「いえ、私ではありません。兼継殿がよく花をいただいていて、お返しを代わりに届けに行くことがあったのです。その時に聞いたのだと思います」
そう言いながら、雪村が記憶を探るような表情になる。
やっぱりこいつ、心当たりがあるんじゃないか?
侍女衆も「可愛かった」って言っていたし、今でも普通にモテそうなんだよな。
しかしここで、しつこく追及するのもどうかと思う。
俺だって「違う」と言っているのに、しつこく追及されたら嫌だしな。ましてや今の桜姫は、雪村の彼女でも何でもないんだし。
俺は手元の秋海棠を弄びながら、聞きたい内容から少し話を逸らした。
「兼継殿は、そんなにたくさんいただいていたの?」
「はい。兼継殿は和歌を詠むのも達者なので、返花ではなく和歌をお返ししていましたよ。いつもどのようなお返事をしているのかと聞いたのですが、教えて貰えませんでした」
やべえ、和歌なんか詠まれても、どんな意味だかさっぱりわからん。
というか「兼継は和歌が詠める」なんて設定、ゲームにあったか? 初めて知ったぞ!?
ゲームなら、とりあえず選択肢の中から選べばいいが、こっちの世界では空中に選択肢なんか表示されない。俺自身でなんとかしなきゃならん。
どうすんの、俺!?
色々と思うところはあるが返事はひとつだ。
「……和歌なんて返されてもお返歌できないわ」
雪村の女関係疑惑だけでも衝撃くらっているんだが、兼継イベントを発生させてもヤバい。そんな現実に俺は打ちのめされた。
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「返歌に自信がないなら奥御殿の侍女衆に頼んだらいいですよ。あの方達ならその程度は朝飯前でしょうし、代返した事など絶対に漏らしませんから」
雪村が励ますように言ってくる。
……うん、まあそうかもな。本人以上に盛り上がるところまで想像できるわ。
そこまで言うなら雪村の顔をたてて花を贈ってもいいが、和歌を返されたらそこで終了でいいだろ? 兼継を攻略するつもりはないんだから。
それより雪村だよ。こいつ、他の女に花を贈ったことあるの?
そもそもこの朴念仁に、好きな女を作るような甲斐性があるか?
今までの記憶を走馬灯のように駆け廻らせても、こいつはそんなキャラじゃないと断言できる……気がする。
いや待てよ? 甲斐から迎えに来て、俺が輿に酔った時だって野花を寄越したし、信濃の野原に行ったときも紫苑の花を渡されている。そしてこの秋海棠もだ。
俺も雪村から、花は貰っているじゃないか。
あいつは他の女に花を渡した事があったとしても、意味なんて無い。
絶対に何も考えずに渡している。
しかしあくまでそれは俺の予想だ。確証が欲しい。
「そういえば雪村、前にたんぽぽの花言葉も教えてくれたわね。雪村はどなたかにお花を贈ったことがあるの?」
遠回しを装った直球だ。
俺を見てきょとんとした後、少しばかり苦笑ぎみに微笑んで雪村が口を開いた。
「蒲公英を贈った相手でしたら桜姫ですよ。子供の頃、姫に蒲公英の花冠を作って差し上げたのですが、覚えていませんか? 今にして思えば花言葉は「神託」でしたね。その頃から姫に神気を感じていたのでしょうか」
……え? そうなの?
つい先日『桜姫』になったばかりの俺には、幼少時の記憶なんてまったく無い。
だが、たんぽぽの花言葉なら もうひとつ意味がある。
「たんぽぽって「真心の愛」って意味もあるのでしょう?」
そう突っ込んだ後の雪村が、激しく動揺しているのがまるわかりで、俺は万歳三唱したくなった。
頬を染めて照れているって訳じゃない。でもこの『自分でも気づいていなかった気持ちに気づいて動揺してる』って感じが、乙女ゲームっぽくて良くないか?
朴念仁でなければ出来ない演出だ。
わはは! やっと雪村恋愛イベント其の二【たんぽぽの花冠】が発生したぞ!!
一番最初の雪村恋愛イベント【信濃のきれいな場所】は、俺が無理矢理フラグをたてたようなものだったが、今回は違う。
それにちゃんと言質はとれた。雪村が初めて花を贈った相手は桜姫だ。
だって小さい頃の、思い出の花冠だぞ!?
俺、今まで乙女ゲームのどこら辺が面白いのかがよく解ってなかったが、やっと解った気がする。
野郎どもの心の隙を突き、見事、こちらの思惑通りに事を運ばせられた時の達成感がキモチイイんだな!?
動揺している雪村を横目で見ながらほくそ笑む。
あいつはちゃんと桜姫の事が好き、だろう、たぶん!
もう少し頑張ってみようかな!
俺は元気に邸に向けて歩き出した。
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追伸:後日「乙女ゲームなんだから、素直に甘い台詞にときめいてればいいんだよ。あれは三次元で通用する言語じゃないからね」と現実に引き戻される事を言われた。
なるほど……?




