表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

289/383

289.小田原征伐10


「矢木沢殿にバレたんすね……。俺はもう 終わりだ……」


 女の人を呼ばずに遊郭の部屋をひとつ借りて。

 膝つき合わせた私たちの目の前で、小介ががくりと肩を落としている。


 そんな……本当に小介が、東条の調略を受けていたの……? 

 でもどうして。

 六郎は私以上にショックを受けた顔をしていて、今にも泣き出しそうだ。


「馬鹿野郎……小介、お前どうして……」

「そうだよ……どうして真木を裏切ったの……?」

「は?」


 悲壮感満々な私たちに、小介がぽかんとした顔をする。


「あれ?」


 ぽかんとしている小介を、私と六郎もぽかんと見返した。



 +++


 小介の話では。

 遊びに来た遊郭で遊女から「最近、眞下(ました)殿という方がよくお店にいらしているの。随分(ずいぶん)羽振(はぶ)りが良さそうだけど、お城勤めはそんなにお給金がいいの?」と聞かれたそうだ。

 眞下は旧・沼田家臣で、真木に下ってからは門番を任せている。取次も兼ねていて、城に置いてある上方の反物を受け付けたのも彼だ。

 うちの門番程度で金回りがいい訳が無いと怪しんでいたら、六郎からこっそりと『相模の件』を教えられた。

 これはますます怪しいと、眞下の事を調べる為に通い詰めていたそうだ。


「それでなくても貯めようが無かった貯蓄が、この件ですっからかんっすよ」

俸禄(きゅうりょう)が安くて悪かったね」

「いいんですよ。気にしないで?」


 拗ねて嫌味を言ったつもりなのに、小介がきらりと笑って鷹揚(おうよう)に返してくる。

 ぐぬぬ、このやりとり、おかしくないですか?


 でも良かった。小介は首藤の調略を受けていなかった……。


 ほっとしている私の隣で、六郎が居心地悪そうにもじもじしている。

 小介に『他言無用の相模の件を、こっそりバラしていた』ことを暴露されたからだろうけど、今はそんな瑣末(さまつ)な事に(こだわ)っている場合じゃない。

 私はきりりと顔を上げた。


「それで何か分った?」

「はい。遊女のひとりが眞下から「東条への仕官(しかん)が決まったから付いてこないか」と言われた、ってとこまでは聞き出したんすけどねぇ。……俺の体力と、何より金子(おかね)がもたなくて……」


 遊女の身請(みう)けはお金がかかる。

 こう言っては身も(ふた)もないけれど、うちの門番程度の俸禄で、そんな事が出来るとは到底思えない。


「東条から支度金(したくきん)を貰った、という事でしょうか。しかしうちの門番が、どのような調略を受けたのか」

「戦の時に呼応(こおう)して、内側から門を開ける。もしくは城に火を放つ事は考えられる。東条は同盟と言いながら、戦を仕掛(しか)けるつもりだってこと?」


 大名同士の私闘は惣無事令(そうぶじれい)に違反する。これは武隈(たけくま)を滅亡させるほどの大事(おおごと)だけど、本当に陰虎様はこれを了承したんだろうか。

「陰虎様は少し気が弱いところがあった」と雪村が記憶している。こんな大胆な決断をするとは思えない。


 額を寄せて話し込んでいたら、六郎が少し険しい顔で小介に向き直った。


「そこまでは判った。それでお前が遊女に貢いだ金の出所(でどころ)は? お前の貯蓄なんてたかが知れている。俺たちの俸禄でそんな余裕は無いぞ」


 きりりとした顔でさらりとうちの安月給をディスった六郎に、小介が情けない顔を(うつむ)かせて呟いた。


「……城に置いてあった反物を、(しち)に……」


 だって元手(もとで)がなかったんだもん、矢木沢殿に怒られる……

 (つぶや)く小介の頭に、六郎が思いっきりげんこつを落とした。



 +++


「相談してくれれば、必要経費として準備したのに」

「だって確証は無かったし。証拠を押さえてから報告しようと思ったんすよ」


 調略を受けていた訳じゃないけど、普通にドロボウはしていた。

 質に入れた反物代はこちらで支払う事にして、とりあえず私たちは矢木沢にそれを報告した。


「明日、眞下が登城(とじょう)したら身柄を押さえましょう」


 しかし(くだん)の遊女からこの事が()れたらしい。

 翌朝、眞下は城に姿を現さず、家はもぬけの空だった。


 結局すっきりしないまま、この件はそれ以上追えなくなった。



 ***************                *************** 


 笛の音色が 微かに聞こえてくる。

 数日後に控えた秋祭り、それに向けての練習なのだろう。


「えらい腐ってはるなァ。オシゴトしなくてええなんて、オレからしたら羨ましい限りやわ」


 呼びだされて来てみれば、馬鹿にしやがって。

 廃寺の切り株に腰かけた門馬は、ぎろりと商人を(にら)みつけた。まばらに生えた無精ひげのせいか、(すさ)んだ雰囲気を(かも)し出している。


「なら代わってやるよ」

「いやいや。あんたみたいな尊大な坊ちゃんに、商売なんて無理や」


 むすりと視線を落とした門馬の膝上に、ぽんと黄金が置かれた。ぎょっとして顔を上げると、(わら)って肩をひとつ叩き、商人が立ち上がる。


「まあ、物は考えようや。あんたが書いてくれた文、あれを使えば雪村は失脚する。そのいざこざに巻き込まれずに済むやんか」

「……」

「もうすぐ 全てが終わる。楽しみやなァ」


 言葉とは裏腹な声音の冷たさに、門馬は思わず目を見張(みは)った。


 赤々と 燃え立つような夕焼けの中、石段の上から商人が城下を見下ろしている。その怖気(おぞけ)たつような禍々しさに、門馬は目を見開いたまま動けなくなった。


 ――今まで気にした事も無かったが、こいつ、本当に商人なのか?


 振り向いた男が 狐目を細く(すが)めて、にい と嗤った。



「もうすぐお祭りやね。それが済んだらオレ、ここを離れるんや。だから――これが最後のお仕事や」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ