288.小田原征伐9
「奈山 小介が、遊郭の遊女と懇意にしていると噂があります。調べさせましたが、どうも俸禄でどうにか出来る範囲を超えて通っているようだ。……その金の出所が、不明です」
矢木沢が耳打ちしてきたのは、あれから暫くたってからだった。
「小介が?」
そういえば前に、茶屋のお姉さんがそれっぽい事を言っていたっけ。あれ、デートだと思っていたけど遊郭に通っていたのか。
戸惑った表情で、六郎が矢木沢を見返している。
六郎と小介の父上は知行(所有する土地)の税収があるけれど、本人たちはまだ俸禄(給料)を貰っている状況だ。遊郭通いを頻繁に出来るほど貰っていない事は、六郎もよく判っているんだろう。
「俺たちの俸禄じゃあ無理だろ!? 小介……ッ!!」
「安月給しか出せなくて悪かったね!」
床を叩いて慟哭する六郎に、私もきいいと言い返す。
しかし今は揉めている場合じゃない。
「小介は女の子好きだから……それだけだよ。きっと他に何か収入が……東条に調略されているとは思えない」
「俺もそう思います。あいつはいい加減で女にだらしない、放って置いたらヒモ男に転落しそうな駄目野郎ではありますが」
「六郎、その辺で」
「……主君を裏切るような男ではありません。俺は幼馴染だから、あいつをよく知っている。絶対にそんな事はしない」
「儂も奈山の息子がそうだとは思いたくない。しかし何が起きるか分からない現状、すべてを疑ってかかるべきでしょうな。……しばらく、蟄居させましょう」
「!? 裏切っていると決まった訳でもないのに、そんな事は出来ないよ!」
「そうですよ、矢木沢殿! 簡単に罪人扱いしては、武士の沽券に関わる」
「調略を受けている事が露見した場合、その者は高い確率で出奔する。蟄居は出奔を防げます。雪村様、貴方はこの城を任された城代ですぞ。感情よりも先に優先すべきものがある筈です」
*************** ***************
「矢木沢の言う事も判るけれど、とりあえず私たちで何とかしなきゃ」
「そうですね。小介の為にも」
私たちは矢木沢を説き伏せ、三日間の猶予を貰った。その間に小介の疑惑を晴らさなければならない。
私たちは、夜なのに場違いに賑やかで明るい一画で、こっそりと顔を見合わせた。
ここは遊郭のど真ん中。
頭巾を被って、こっそり邸を抜け出した小介の後をつけてきたら、やっぱりここにやって来た。
私は遊郭に来た事が無い。どうやらそれは六郎も同じらしく、そわそわと落ち着かない様子で、小介の背中を凝視している。
周囲には色っぽいお姉さんがたくさん居て、うっかり目が合うと速攻で客引きされそうだ。
やがて小介が一軒の店の前で立ち止まり、私たちは再び顔を見合わせた。
「桃色診察室……」
どうツッコむべきか迷う店名だな。おまけにお店の前では、産婆さんのコスプレをした男の人が客引きをしていて、こっちもどうツッコむべきか判らない。
ところで此処までつけてきたのはいいとして、この先どうしよう?
小介の18禁イベントまで覗く必要はないけれど、ここで誰かと密談をする可能性もある。
「六郎、ちょっと行って来てよ」
「はあ!? あんた俺に、女を買ってこいって言っているんですか!?」
六郎が絶望した顔つきで私を見る。六郎は真面目だからなぁ、こういうコトに慣れてないのが丸わかりだ。
だからと言って、私が代わりに行けるものでもない。小姓の振りをしていても身体は女だ。
「私には無理だよ。経費で落とすからさ」
「そういう話じゃないんだ……! 諦めてるよ、もう諦めているけど、あんたにそう言われると、本当にもう脈がないんだって」
「ここは『診察室』って名前だけど、本物の医者がいる訳じゃないよ? 言うなれば「お医者さんごっこ」をするお店だ。「諦める」だの「脈がない」だの、そういう話は中でやりなよ。いきなり何の話をしているのさ」
「あんたも何の話をしているんだ!!」
きりりと説明した私に、六郎がきいいと絶叫する。
「はい そこまで~」
わあわあ揉めていたら。
いつの間にか背後に立っていた小介が、私と六郎の衿を掴んで引き摺り立たせた。
+++
「……いつから気付いていたの?」
「遊郭に入ったあたりから? だって男装した女の子を連れた男がこんな所を歩いているなんて、どういうシュミのヒトだか全然判んないもん。気付いてなかったみたいだけど、ふたりとも、すっごい悪目立ちしてたっすよ?」
「……」
道理でお姉さんたちが皆、六郎を見ていた訳だ。客引きじゃなかったのか……
口もきけないでいる私たちに笑いかけて、小介が腕を組む。
「で、何の用っすか? 矢木沢殿が俺を疑っているって感じ?」
バレてら。私たちはやっぱり口も聞けないまま、顔を見合わせた。
大雑把な用語説明
蟄居:家の一室から出るのを禁じられること。軟禁状態。
出奔:逃げ出して行方をくらますこと。
江戸時代の単語も混じっていますが、異世界設定ってことで緩い感じでお読みください。




