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287.小田原征伐8


 佐助が、安芸さんからの(ふみ)を持ち帰った。文を持つ掌に汗が(にじ)んでくる。

 それは、いつかこの日が来るんじゃないかと恐れていた内容だったからだ。


『首藤殿が評定(ひょうじょう)で『沼田城を支城(しじょう)とする件について』議題に出したらしいわ』



 ***************                *************** 


 支城に……? これ、前に影勝様から聞いた時は『同盟の模索』だった(はず)なのに、どういう事だろう。

 文を読み進めると、どうやらそれは変わってなくて、『同盟を結ぶ事で、真木ごと沼田城を取り込もう』って事らしい。

 そもそも真木の本城は上田城。なのに沼田城の事にしか触れてない時点で『同盟』なんて建前だ。


『父は「真木が東条と同盟を結ぶ理由が無い。真木と上森は神子姫を(かい)して繋がりが深いが、その上森とですら同盟を結んでいないではないか。また当主には、徳山との縁談の噂もある」と懸念(けねん)を示したそうなの。しかし首藤殿は「自分に任せて欲しい。上手く話を(まと)める」と陰虎様に強く言上(ごんじょう)して、評定が紛糾したそうよ』


 まだ正式に決まった訳じゃない。でも。

 とうとうきた……小田原征伐フラグだ! 


『大丈夫よ、どうか安心して? 父は陰虎様が幼少の頃からお(つか)えしていて、信頼が厚いの。私が雪村に助けられた事で、父は真木にとても恩義を感じている。きっと父が何とかしてくれるわ』


 安芸さんの父君も、首藤殿の主張をそのまま受け取っている訳じゃないみたいだ。

 文からは、安芸さんが心配してくれている様子がひしひしと伝わってきて、逆に私は申し訳ない気持ちになった。


 安芸さんには間諜(スパイ)をお願いしておいて、こちらは(ろく)なお礼も出来ていない。

 せめてもと、金髪先生に調薬して貰った鎮咳(咳止め)の薬を佐助に持たせたけれど、あまり効いていないみたい。


「これが効かナイなら、労咳(ろうがい)かも知れまセン。それなら薬では無理でスよ」


 労咳とは肺結核(けっかく)の事。そんな病気、この時代じゃ治療は無理だよ。

 せめて金髪先生に看て貰いたいけれど、今は安芸さんと真木の繋がりを知られる訳にはいかない。


 ――とりあえず状況が変わった。きっと今後、何らかの動きがある。

『同盟話』は東条の策だって兄上に伝えて、今後の指示を(あお)がなきゃ。



 +++


 改めて兄上から『東条からの打診は(いま)だない。そちらも、何があっても対処できるようにしておきなさい』と返事が来たので、私は矢木沢と六郎にこの件を伝えて、相談する事にした。


「相模の首藤殿は大層な()(もの)だ。同盟と言いながら、その(よう)な動きが無い。それが気になるんだ」

「評定で、反対を押し切って啖呵(たんか)を切ったのであれば、相当な自信があるのでしょう。こちらが同盟を受けざるを得ない、何らかの名分を手に入れたとも取れますな」

「ならば『それ』は何なのでしょう? ここは真木が先の戦で、富豊から安堵(あんど)された領地。東条がとやかく言える筋合(すじあ)いは無いと思うんですが」

「うん……」


 現世の沼田城は『豊臣への臣従と引き換えに、北条が欲しがったから』と、そんな理由で引き渡したと記憶しているけれど、こっちの世界の富豊は今のところ、東条に臣従を求めていない。それなら沼田を取られる理由がない。


 考え込んでいると、黙って私を見ていた矢木沢が、すっと声を(ひそ)めて(ささや)いた。


「あるいは東条の調略を受けている者が居る可能性も、視野に入れてよろしいかと」

「えっ!?」


 驚く私を、六郎が呆れた顔でちらりと見る。


「あんたはそんなに、自分が信頼されていると思っているんですか。ここには先の戦で(くだ)った旧・沼田家臣が大勢います。為人(ひととなり)見極(みきわ)めるには、日が浅すぎる」

「……」


 家臣が裏切っている、そんな事は考えた事が無かった。

 確かに私は、家臣をしっかりと統制できているかと問われれば、自信なんて無い。黙っているだけで、不満を持っている家臣が居るって事か。


「……言い過ぎました」


 しょんぼりと(うつむ)いていたら、気まずそうに顔を逸らした六郎が 小さく(つぶや)く。

 額を集めて考えても、これといった打開策は出てこない。

 やがて矢木沢が、膝を打って立ち上がった。


「東条の動きが見えない今は、こちらも動きようがありません。信倖様との連絡を密にして、 各々(おのおの)、周囲の動きには特段の注意を払うとしましょう。この事はまだ他言無用に」


 そう話を(まと)めて打ち切った。



 ***************                *************** 


「――あんたのせいだぞ! もうこれっ切りにしてくれ!」


 父親に殴られたという左頬を()らし、門馬は狐目の男に()って()かった。

 お道化(どけ)た表情の男がゴメンなぁ? と苦笑する。


「でも一応言うとくけど。あんたの態度が悪すぎたんちゃうの?」


 女やと馬鹿にしとるさかい、こんな目に合うんや。自業自得やろ。


 うっかり出掛(でか)かった罵倒を呑み込み、へらりと(わら)いながら呉服商人を装った男は、その手にひと(つか)みの銭を握らせた。


 もう、こいつに使い道は無い。


 手切れ金を大盤振(おおばんぶ)()いで渡したつもりだったが、予想に反して門馬は、その銭を思い切り足元にぶちまけた。


「なんやなんや。おカネ大好きやったんちゃうん?」

「ふざけんな! こっちはあんたのせいで職を無くしたんだ、この程度の銭で足りるかよ!!」

「あれ、そっち? ホンマ、仕事も出来んくせに金の亡者やなぁ」


 小さく呟かれた罵倒を無視し、ぶるぶると拳を震わせた門馬は、血走った目で虚空を(にら)みつけた。


「あの野郎、信倖様の身内ってだけで偉そうにしやがって! ぜってえ赦さねえからな……! 覚えてろよ!!」


 面倒や、ここで始末するか、と思ったが、気が変わった。

 頓珍漢(とんちんかん)な逆恨みでも、利用できるうちはすべきだろう。要らぬ(こま)を捨てるのは、いつでも出来る。

 懐に忍ばせていた短刀から手を離し、男が にい と嗤った。


「せやったら、もう少しだけオレの手伝い、してもらいましょ」



大雑把な用語説明

評定:会議みたいなもの

支城:お殿様が住む本城を支える城

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