281.小田原征伐2
「ところで「陰虎様がうちの家族構成を知りたがっている」と噂を聞いたのですが、どなたか詳しい理由をご存じないですか?」
桜姫のところにお邪魔した時、私はまず、居並ぶ侍女衆に尋ねてみる事にした。
戦国時代の婚姻は、スパイの役目も担っている。こちらにも情報が流れてきているかも知れない。
すると老女が少し首を傾げて眉を顰めた。
「家族構成? それと関係あるのかしら。「陰虎殿が、真木との同盟を模索しているようだ」と花姫様より文が届き、殿が相模に赴いています。真木は桜姫守護の任でこちらと繋がりが深いですし、上森としても無関係ではありません。この件は影勝様のお帰りを待ち、直接お聞きしなさい」
相模と同盟? そんな話は兄上から聞いていない。一体どうなっているんだろう。
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「こちらに滞在も久し振りね。そうだわ、見せたいお花があるの」
影勝様が戻るまでの間、こちらで待たせて貰う事になった私は、さっそく桜姫から庭の散策に誘われた。
このようにさり気なく人払いした時は、何か大事な話がある事が多い。
案の定、周囲に人気がないのを見計らい、桜井くんがこそりと耳打ちしてきた。
「ああ、そうだ。例の件、調べてみたけどさ」
「う、うん、それで!?」
「やっぱり舞田は、ストーリーに殆ど絡んでこないよ。関ケ原の前に「ここに舞田殿が居られたら」って台詞はあったけど、はっきり「死んだ」とは断言してない」
「それなら歴史は確定してない。助かる可能性はあるよね?」
「うん、たぶん」
『舞田殿の死亡』がゲームで確定しているか。
現世で桜井くんに『カオス戦国』を確認して貰ったけれど、はっきりとした記述は無かったみたい。
それならゲーム中で死亡が確定していた秀好と違い、清雅の『治癒』が効くかも知れない。いや、効いて欲しい。
もしも舞田殿が関ヶ原まで生きていたら。きっと歴史を変えられる。
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「では真木では、同盟話は出ていないのか」
「はい。東条家からそのような話が来ているとは、兄から聞いていません」
いつも無表情な影勝様が、眉を顰めて考え込んでいる。
あれから数日後、相模から戻った影勝様に話を聞くと、影勝様も困惑しているようだった。
どんな思惑かと陰虎様に尋ねても「沼田城は、東条の支城だった事もあるからね。定期的にそういう話は出るんだ」とはぐらかされてしまったと。
現世の歴史では、北条が秀吉に「沼田城をくれたら豊臣に従う」と、当時は真田の居城だった『沼田城の譲渡』を臣従の条件にした。それで秀吉は、渋る真田に代替地を用意して、沼田城を北条に引き渡したけれど、北条は支城の名胡桃城まで奪い取って、おまけに臣従しなかった。
これに怒った秀吉が、大軍を引き連れて小田原城を包囲した。
これが大雑把な『小田原征伐』の流れだった筈だ。
ただ、こっちの世界の秀好はもう亡くなっているし、陰虎様が御館の乱を生き残って、東条家の当主になっている。この世界は日本史とは違う歴史を辿っているから、小田原征伐がこっちの世界でも起きるかどうかは判らない。
それでも『東条が沼田城を欲しがる』イベントは発生した、って事か。
「もう一度、兄に確認してみます。家族構成の件は教えて頂けてすっきりしました。ありがとうございます」
陰虎様がうちの家族構成を知りたがったのは、単にそんな噂を聞いたかららしい。
「『真木に姫が居る』という話を聞いたが、真木家はふたり兄弟じゃなかったか?」と言っていたそうだ。
政所様のお茶会で女装しているから、そんな噂が出たのかな? 陰虎様は、雪村がこんな身体になっているとは知らないからなぁ。
影勝様は難しい表情のままだったけれど、私は東条が『同盟』を模索しているって事に胸をなで下ろした。
同盟なら戦になることは無い。




