280.小田原征伐1
伏線回収のターンですが、前半はモブの出番が多いです。
そして今まででいちばんR15に抵触しています。
そこらへんが苦手な方は、しばらく閲覧をお控え頂けるようお願いします。
村はずれの鄙びた茶屋。
茶を飲んでいた行商人風の男が、お道化たような声を上げた。
「ありゃ。あんた、前は門番やったん? オレと一緒やね」
「あん? 商人が何いってんの?」
団子を頬張った門馬が、胡散臭そうに目線を上げる。
「仕事を頼みたい」と言われて来た筈なのに、商人の身の上話が長々と続いていた。
「いやあオレ、もとは大阪城で城門警備やってたんや。ただ、ちょーっと下手打ってもうて。聞いたことあらへん? 越後の神子姫様が、花見の宴で嵐を鎮めた話。そん時にな? 武隈に保護されとった神子姫様が、真木雪村の手引きで大阪城から逃げ出した。何で門を開けたんやーって、武隈のお殿様はそらもうお怒りで。見せしめの為にオレ、職を解かれたんや。家からも勘当されてもうて、仕方なく商人に」
「ふうん」
「それでな? 商売が軌道に乗って来た頃に、真木雪村がここの城代をやっとるって噂を聞いて。お詫び代わりにオレんとこの商品、割高で買うて貰おう思て」
「いいんじゃね? どうでも」
溜め息をついた門馬を見遣り、商人も吐息をついた。
「……オレが言うのも何やけど。あんた、忠誠心が皆無やな。お城勤め、向いてへんのちゃう?」
「はあ? 商人風情が偉そうな口をきいてんじゃねえよ! 俺は武士だぞ!? 自分の立場も見極められねーんじゃあ、あんたの方こそ商いなんて向いてな……」
門馬の言葉が途中で止まる。その喉元には、団子の串が突きつけられていた。
「ほうほう、勉強になりますわ。でもな? 立場っちゅうもんを見極められん挙句に、雇い主を忘れるようじゃあ先が短い。気い付けてな?」
にい と嗤う商人の笑顔が薄ら寒い。
膨れっ面を背けた耳元で、戯けた声が楽しげに囁いた。
「オレら、真木雪村に人生狂わされたお仲間やないか。あいつがいらんことしいひんかったら、オレも『神子姫様をみすみす逃がした責任をとれ』なんて責められる事も無かったし、あんたも真木なんぞにへいこらする必要も無かったやろ?」
「……」
「なあ。せっかく知り合いになれたんや。仕返ししてやらへん? あんたもあいつ、嫌いなんやろ? どお?」
「どお? って言われてもな。城内で反物を高く売り捌きたいなんて、あんたしか得をしないだろ。それに俺は右筆だから、むずかしい事は出来ねーよ」
「右筆? ……あんた、右筆かァ……」
少し見開かれた狐目が、何か思いついたかのように にい、と細められた。
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久し振りに沼田に戻ったら、安芸さんから文が届いていた。
『陰虎様が、真木の家族構成を知りたがっているようなの』
安芸さんからは定期的に相模の情報が入ってくる。噂話から市場の様子まで内容はさまざまだけど、例えば「米の価格が上がった」という情報からは、兵糧の買い占めの可能性を疑える。
噂話は、些細に見えても大事な情報だ。
ちなみに安芸さんは今、陰虎様ご正室の花姫に仕えていて、その話は先日、陰虎様が花姫に尋ねているのを耳にしたらしい。
どうして陰虎様がうちの家族構成を知りたいんだろう? もしかしたら花姫経由で、影勝様が理由を聞いているかも知れないな。影勝様は花姫の兄君だから。
そんな事を考えながら読み進めていると、文の最後に『首藤殿に、縁組の話があるみたいよ』と書き添えられていた。
『首藤殿』とは、陰虎様が養子として越後に居た頃からの腹心だ。そして大雑把に説明すると『五年前に雪村が信濃に戻された件』の切っ掛けになった人でもある。
男色嗜好のこの人に雪村が目を付けられた時、兼継殿が庇ってくれた……という、乙女ゲームらしからぬイベントが、過去に発生している。
安芸さんもその経緯を知っているから、わざわざ教えてくれたんだろう。
個人的な嗜好はともかく、首藤家も跡取りが必要ですしね。
とりあえずおめでとうございます。
私は安芸さんの気遣いに感謝しつつ、丁寧にその文を仕舞った。




