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279.りんご問答2


「――それで、越前の三国港から戻ったんです。栄えていると聞いていたので楽しみにしていたのですが、体調を崩したせいで見れず仕舞(じま)いでした」


 失敗は忘れることにして、こっちの世界で初めての船旅話を、私は兼継殿にお姫様だっこされたまま元気に語っていた。

 重くないかなとか、いろいろ気にはなるけれど、兼継殿が優しく笑っているので、何となく降り(そび)れたままだ。

 私の話に(うなず)いて、兼継殿が穏やかに口を開く。


「港は海運の物流拠点だからな。越後にも直江津(なおえつ)という港があるぞ。そうか、連れて行った事は無かったな」

「はい」

「では身体が良くなったら見に行くか?」

「良いのですか? 是非(ぜひ)!」


 そう言えば何度も越後には来ているけれど、港には行った事が無い。信濃も上野(こうずけ)も海がないから、港が見られるのは嬉しい。それに。

 ちらりと兼継殿を見上げる。


 ……兼継殿とおでかけなんて、こっそり(かいこ)を見に行った時以来じゃない? 

 すごく久し振りな気がする。


 乙女ゲームは恋愛に失敗してフラグが折れても、『攻略対象は優しいまま』って事が多い。だから攻略に失敗したら、ハートが割れるなどのエフェクトが入って、わかりやすくお知らせしてくれる。

『カオス戦国』では、画面におどろおどろしい字で『恋愛失敗』と表示されたけど、この世界では当然、そんな字幕は表示されない。


 フラグが折れても、おでかけイベントが発生しそう……?

「接待」はデートじゃないからかな? それでも一緒におでかけできるのは嬉しい。


「楽しみにしています」


 兼継殿と目が合ったので、私は へらりと照れ笑いした。



 ***************                *************** 


「――戻ってきませんね」


 信倖の杯に酒を()ぎながら、美成が苦笑した。

 酒を酌み交わしながらも気もそぞろ、といった様子の兼継が席を外して、小半時(こはんとき)(30分)ほどになる。

 信倖も()(いき)をついて苦笑し返した。


「何を他人事(ひとごと)みたいに言ってんの。雪村の状態を越後に知らせたの、君でしょ?」

「まあ、そうなのですがね」


 返杯を受けながら、美成は信倖を見遣(みや)った。

 三河に向かった清雅が、肥後に戻る前に此処(ここ)に寄ると言っていた。先に耳に入れておいた方が良いだろう。


「兼継の前では言いそびれましたが。おそらく今後、加賀から正式に、同盟なり縁談なりの申し入れがあるでしょう。命を救われて、惚れない男などいません」

「肥後と同盟なんて話にならない。遠交近攻(えんこうきんこう)にしたって遠すぎるよ。援軍の要請をしたとして、いつ来てくれるのさ」


 遠交近攻とは、兵法三十六計の第二十三計にあたる戦術で『遠い国と親しくし、近くの国を攻略する』という意味になる。

 ようは(はさ)()ちの戦術だが、信濃と肥後では遠すぎる。

 視線を落とし、美成は(しば)し考え込んだ。


「そうでしょうね……」

「あのさ」


 美成が顔を上げたのと同時に信倖が口を開き、美成は目線で相手の言葉を(うなが)す。

 ひとつ頷いて、信倖は改めて言葉を続けた。


「右掌に雪村の花押がある。あの子は確かに『雪村』だ。なのに……僕にはあの子が、別人に思える時があるんだ。上手く説明できないけれど」

「君もですか。俺も同じように思っていました」


 美成も、我が意を得たりといった表情で(うなず)く。


「家臣が主君の為に命を投げ出すなら解る。俺の知る雪村なら、信倖、君の為に身を(てい)す事はあっても、俺や……たとえ兼継であっても、庇って身を危険に(さら)すような事はしなかった筈だ。清雅を庇うなど尚更(なおさら)あり得ない。それに雪村は清雅に『治癒』の能力が備わっていると確信している素振(そぶ)りでした。俺も、清雅自身も信じていなかった事を」

「それに似たような事は僕も感じた事がある。雪村と加賀殿は面識が無い。なのに「ほむらの宝玉を奪ったのは加賀殿だ」と「片鎌槍(かたがまやり)を手にしていたのが証拠だ」と言った。……僕は加賀殿の愛用の槍が、片鎌槍だなんて知らなかった。雪村は何故、知っていたんだろう」


 そこはかとなく漂う違和感。そして何よりも。


「……雪村は『弟』だよ? 何でこんなに男から、縁談の申し込みがくるのさ……」

「さっさと越後に嫁がせた方が、今後の犠牲者が出なくていいんじゃないですか?」

「他人事だと思ってるでしょ」

「他人事ですよ」


 そして二人は同時に考える。

『もしかしたら兼継は、随分(ずいぶん)と前からこの事に気付いていたのではないか』と。


『男が女になる』という、荒唐無稽(こうとうむけい)な病に(かか)っただけと思っていたが、そういう訳では無かったのかも知れない。


 ぐいと残りの酒を(あお)り、美成が(あで)やかに笑った。


「とりあえず、清雅が正式に振られたら教えて下さい。俺は奴の泣きっ面を(おが)むのが今から楽しみで楽しみで!」


 楽しげに(わら)う美成が、冗談なのか本気なのか判らぬまま、信倖は曖昧(あいまい)に頷いた。





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