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278.りんご問答1


 昼寝から目覚めたら、兄上は『美成殿と兼継殿を接待』という名目で酒盛り中だった。美成殿は「上方に戻る前に寄る」と聞いていたけど、兼継殿も来ていたのか。


 ちょうど良かった、あとで話をしよう。



 +++


 寝るのに飽きて布団で書籍を読んでいたら、兼継殿がお見舞いに来てくれた。

 慌てて起き上がろうとした私を、そっと手で押し(とど)めてくる。


「お久し振りです、兼継殿。桜姫はお元気でしょうか」

「元気過ぎる(ほど)だな」


 いつも通りを意識して話しかけると、兼継殿もいつも通りに苦笑して(そば)に座った。

 前に会った時は、どこかよそよそしかった雰囲気が、今は感じられない。


 ――よかった。いつも通りの兼継殿だ。


 嬉しくなってほっとして。

 すると急に「布団の中で対応するのは失礼じゃない?」って気がしてきた。


「そうだ! ちょうどりんごの花が見頃(みごろ)なのです。庭に出ませんか?」

「無理をするな。貧血と聞いたぞ」

「それくらい大丈夫ですよ」


 元気に返事をして、私は布団から()い出した。



 +++


 りんごには、ピンク色の綺麗な花が咲いていた。

 桜や梅も好きだけど、りんごも好きだな。どれも美味しい実が(みの)る。


 しかし改めて見ると、季節をモチーフにしたお洒落な庭園の越後と違って、うちは食べ物だらけの生活臭あふれた庭だな……。

 風に揺れるネギ坊主から目を逸らし、私は兼継殿を見上げて笑って誤魔化(ごまか)した。


「りんごって食べても美味しいし、花も可愛いですよね。私、好きなんです」


 上田は信州にあるから、りんごの木はたくさんある。そして炎虎の神気に満たされている影響か、季節ごとにりんごが収穫できる。

 今、花をつけているりんごは、秋祭りの頃に実をつける品種だ。

 

 そうだ。今度はりんごを使ったスイーツを考えてみよう。何を作るにしろ、こっちの世界は“砂糖が高級品”ってところがネックだよなぁ。

 現世の北海道では『甜菜(てんさい)』という野菜が栽培されていて、それからも砂糖が取れる。桜井くんに種を持ち込めないかと相談したら、マイナー過ぎて「てんさいって何?」って返されたよ……。

 これが持ち込めたら、砂糖で一攫千金(いっかくせんきん)が狙えたのに。惜しい!


 欲に(まみ)れた視線をりんごに移すと、兼継殿が隣に立って、同じように枝を見上げている。そしてそのまま淡々と聞いてきた。


林檎(りんご)には『好み』『優先』『選択』といった意味の花言葉がある。お前が何を好み、優先し、そして最終的にどのような選択をするのか、私はそれに興味があるな」


 一気に聞かれたな! ええと、りんご…… りんご飴とアップルパイならアップルパイを『好み』、作り(やす)さを『優先』するのでアップルパイは無理。結果、作り易い焼きりんごを『選択』します。


「焼きりんごです」

「林檎料理の話をしているのではない」


 ええ? じゃあ何だろう。

 りんごの枝から兼継殿に視線を移すと、兼継殿もじっと見返してくる。


「ちなみに林檎の実の花言葉は『誘惑』と『後悔』だ。……今のお前はどちらの心境で、私に接している?」


 ……私はさっそく『後悔』した。

 兼継殿に髪紐(かみひも)のことを謝ろう、そして『雪村(ともだち)』でいようと決めていたのに、綺麗に忘れて ほけほけ楽しく散策していた。それに。


 そっと逃げ道を探ると、真剣な表情の兼継殿が、さりげなく退路を断ってくる。

「答えるまで逃がさん」と思っているのがありありだ。


 ま、まずい……このノリは、もしかして恋愛イベントでは……? 

『友達でいよう』以前の問題として、フラグなんてとっくに折れていると思っていたのに! まさかの敗者復活!?

 それもこの『りんご問答』。ゲームでは発生してない新規のイベントだから、自分で正解を導き出さなきゃならないやつだ……!!


 どう答える!?


 A:「『好み』のタイプは兼継殿です。『優先』的にイベントを起こして、最良の『選択』肢を選びたいです」を全力で乙女ゲーム風に変換して伝える。

 B:「ちょっと何言ってるのか解らない」


 ……「B」はこの後、間違いなく説教エンドだな。

 しかし今後の事を考えるなら「B」一択だ。


「ちょ」


 きりりと兼継殿を見上げたら、くらりと立ち眩みがした。即座に伸ばされた兼継殿の腕が、よろけた身体を支えてくれる。そして。


「まだ本調子では無いのだ。無理をするな」


 兼継殿の腕が私の身体を引き寄せて、そのままお姫様抱っこに移行した。


(ひぇええええ!)

 

 可愛くない悲鳴を寸でのところで呑み込み、私は必死で冷静な女を装って、兼継殿をきりりと見上げた。


「ご心配をおかけしました。もう大丈夫でしゅ」


 ひいい大事なところで噛んだ! 


 そこには気付いてない振りをして、兼継殿は「寒くはないか?」と気遣(きづか)ってくれたけど、明らかに声が震えている。

 大丈夫です、もう大丈夫ですから! とさり気なく言い直して降りようとしたら、兼継殿が暴れる私をぎゅっと抱き締めて、爽やかに微笑んだ。


「酒が抜けてきたせいかな。少し寒い。もうしばらく、このままで良いか?」

「は、はい。そういうことでしたら」


 こくんと(うなず)くと、兼継殿は笑って抱き直してくれたけれど。きっと気を遣わせたんだと思う。


 私としてはこのイベント、髪紐の件を謝るタイミングを逃して『後悔』している。

 でもこんな状況になっちゃうと、『誘惑』したと思われたんじゃないかな……


 うう……ゲームには無かったこの新規イベント、思いっきり失敗した。





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