276.肥後遠征10
「馬鹿な…… どうして……」
耳元で、茫然とした清雅の声がした。
騒ぎに気付いて甲板に駆け付けた美成殿が、愕然とした表情で私たちを見下ろしている。
ほーらね? 私が言った通りでしょ??
ドヤ顔したいけれど、さすがに失血の量が多すぎたのか貧血寸前みたいな視界だ。
「清雅殿……この能力で、舞田殿を」
そこまで言ったところで、私の意識は暗転した。
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「いやあ。お騒がせしました」
布団から身を起こし、私は兄上にぺこりと頭を下げた。
傷口は綺麗に治ってくれたけど、失血による貧血は『治癒』の対象外らしく。私は意識を失ったまま船を降ろされて、気付いた時には上田に戻っていた。
今回の件。
徳山からの縁談は、最初から清雅を三河に呼び寄せるのが目的だったんだろう。
そして道中で暗殺する為に、家臣を装った忍びを使者に立てた。
理由は……美成殿と接触している事を気付かれて警戒されたか、もしくは炎虎討伐に徳山が絡んでいた事の口封じか。
利用した挙句に暗殺を企むなんて、こっちの世界の徳山はやる事がエグいなあ。
しかしそれが解ってはいても、証拠が全くない。
徳山は使者に文を持たせなかった。肝心の使者は取り逃がしたし、同じ船に乗っていたって証拠も無いんだから。
清雅は、このまま知らぬ振りをして三河を訪問し、それが終わったら加賀へ行くと聞いた。
舞田殿の病を『治癒』しに行くと。それと。
溜め息をついて、私は自分の身体を見下ろした。
美成殿にこっそり問い合わせたけど、失血で気絶した時、私は『男の雪村』に戻っていないらしい。
『死にかけるほどの気絶』はトリガーじゃないのか……
とりあえず、体調が落ち着いたら沼田に戻ろう。随分と長いこと、家臣たちに任せっぱなしにしてしまった。
でもその前に一度、越後に行こうかな。
ほむらがまだ復活していないから、桜姫のお迎えは出来ないけれど、『死にかけるほどの気絶』が戻る条件じゃなかった事は、桜井くんに知らせておきたい。
それと……棺桶に片足を突っ込んで、やっと気持ちが固まった。
後悔しないように、出来るだけ身辺整理はしておこう。
ここは戦国時代、いつ死んでもおかしくない世界なんだから。
兼継殿に、髪紐を無くした事と約束を守れなかった事を謝る。
そしてもしも許してくれたら、これからは『雪村』として友人付き合いをしよう。
いろいろ悩んでいたけれど、私の気持ちを伝えたところで意味なんて無い。
私はいずれ『雪村』に戻るんだから。
兼継殿も「忘れてくれ」って言っていたし、そうするのが一番いい。
……だって気付いちゃったんだよ。
「実は男です」って伝えても、清雅が怯まなかった時に。
史実の戦国時代は衆道、いわゆる「武士同士のBLは当たり前」な価値観でも、ここは乙女ゲームの世界。
BLどんと来いって世界観じゃない。
兼継殿は私が『雪村』じゃないって知っているけど、兄上たちはそうじゃない。
変なフラグを立てたら、雪村が戻って来た時に面倒くさい事になる……
よし、桜姫のところに行った時、ついでに兼継殿とも話をしてこよう。




