275.肥後遠征9
「……っ!」
「生死は問わん!! 逃すな!!!」
私を抱き止めた清雅が、闇に向かって絶叫した。
即座に刺客の手から短刀を叩き落とし、そのまま掛衿をわし掴む。
控えていた家臣が即座に刺客に飛び掛かったけれど、小袖を脱いで逃れた刺客は、身軽に甲板を蹴って、そのまま夜の海へと飛び込んだ。
月明かりでも見えた、こめかみの刀傷。
ああ、やっぱり徳山の使者だった。ふと「徳山は伊賀忍者を配下にしている」ってゲーム情報を思い出す。
そして船上で喀血して死んだという、清雅ルートのことも。
やっぱりこれ、清雅暗殺イベントだったんだ。せっかく毒殺を回避したのに、別のイベントが発生しちゃった。
これも『歴史の修正力』が発動したって事なのかな……
そこまで考えて、思い直す。
いや、清雅はまだ無事だ。歴史は修正されてない。
このまま無事に逃げきれば……
「きよ……」
「喋るな! ……喋らないでくれ」
そうだ。うっかり私が大ピンチだった。突き飛ばしたまでは良かったけれど、勢いが足りなかった。代わりに自分が刺されるなんて間抜け過ぎだよ……。
緊張のせいか驚きのせいか、それとも清雅が傷口をしっかり押さえているせいか、痛みは少ない。それでも脇腹がぐっしょりと濡れているのは、嫌でも判る。
まずい、刺客はひとりとは限らない。お饅頭をくれたのはあの使者じゃないんだから。こんな時に狙われたら、ふたり仲良くお陀仏だ。
「わたし、は平気です。きよまさ殿、逃げて、下さい」
「馬鹿! 喋るなって!!」
だからまだ危ないんですってば。
そこまで長々と説明できる状況じゃないんだから察してくれ。
まずい、意識も朦朧としてきたぞ。
碌に喋ってないのに話し疲れて、ぐったりと胸元に凭れかかると、私が死ぬと勘違いしたらしき清雅が、大声で名前を呼ぶ。
そして傷口を押さえた手に力を込めて、絶叫した。
「くそ! 塞がれ! 治れ!! 治れえええ!!!」
清雅の掌が急に熱くなった。そして緩やかな温かさが 全身を巡っていく。
私は清雅に凭れたまま、ぼんやりと血に濡れた小袖を見下ろした。
清雅も違和感に気付いたんだろう。茫然と自分の手を見つめている。
清雅と顔を見合わせた後、私はぐいと小袖を引っ張り出しておなかを出した。
刺された傷が 消えていた。




