272.肥後遠征6
「首尾よくいったのか? 美成」
たんこぶを作った清雅が、お酒を美成殿に注ぎながら聞いている。
美成殿が杯を呷って にやりと笑った。
「志摩と橘からは念書が取れましたよ。『霊獣の神力は朝廷の意向に従い、世の為に使う』とね。」
「ん? 富豊の為としなくていいのか?」
「ええ。霊獣を使役する大名、すべてから取るつもりですからね。霊獣の神力を富豊の為に使う義理は無い、そう思っている大名も居るでしょうが、朝廷の頂点に立つ帝は神の系譜。帝の意向に従え。または世の為に使えと言われて、拒絶出来る者は居ないでしょう」
「まあ、それはそうだろうが……」
それが富豊を守る事に繋がるか? といった顔つきで、清雅が首を傾げている。
清雅から目を逸らし、美成殿がぽつんと呟いた。
「富豊の為とした場合、茂上は承服しないでしょうからね」
「……そうか」
気まずそうに清雅も俯く。
ゲームでは触れてなかったけれど、日本史では、最上家のお姫様が秀吉に処刑されるという事件がある。ふたりの様子から察するに、こっちの世界でも似たような事があったのかも知れない。
私はお酒が呑めないので、白湯をちまちま飲みながら話を聞いていると、美成殿がちらりとこちらを見た。
「ここでの用は済んだ。さっさと帰りますよ、雪村。清雅、船の手配を頼む」
「お待ちください、美成殿。ほむらがまだ復活していません」
「そうだぞ美成。暫く待て。どうしてもと言うなら、お前だけ帰れ」
「あんなものを見せられて、置いていける訳が無いでしょう!」
目を吊り上げて、美成殿がブチ切れている。
……うん。そこは私もびっくりしたよ。
まさか「男です」って教えても怯まないとは思わなかった。
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この時代はフェリーの定期便がある訳じゃない。私たちは船の手配がつくのを肥後で待つことにした。
ほむらは、復活したら清雅が届けてくれる事になった。『白猿の珠』を使えばすぐだからって。
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船の手配がつかず足止めを食らっていたある日。こめかみに刀傷がある無骨な武士が、肥後を訪れた。
誰だろう? 美成殿とこっそり覗いてみると、徳山の使者だと名乗ったその人は、口頭で何かを伝えている。
使者が帰った後。
考え込んでいる清雅に、美成殿が軽く蹴りを入れた。
「このような辺鄙な場所まで使者を送るなど、徳山はどのような用件ですか?」
軽くディスっているけれど、美成殿自身が薩摩や筑後に出向いている状態だから、徳山の動きも気になるんだろう。
曖昧に頷いて、清雅が腕を組んだ。
「徳山殿の養女との縁談話だ。炎虎討伐の褒賞としてそんな話が出ていた。その場でご辞退申し上げたつもりだったが……」
「ええっ? そんな事でわざわざ使者が来たのですか?」
「……」
思わず聞き返し、私はちょっと考え込んだ。
この時代の伝達手段は文がメインだけど、「使者から文を奪って情報を得る」なんて事はよくある話。だから秘密にしたい内容は使者が直接、口頭で伝える事がある。
でも『縁談』って、秘密にしたいような話かな……?
突然、美成殿の爆笑が響き渡り、私は意識を引き戻された。
「お前の縁談を「そんな事で」ですって! 聞きましたか、清雅!??」
「煩い! わざわざ駄目押しするな!!」
「えっ!? あの、申し訳ありません。縁談を軽んじている訳ではなくて……!」
わざわざ口頭で伝えるような話って、いわゆる『密談』『謀略』の類だと思っていたから、縁談もそうなのかな? って思っただけだよ!
だって美成殿が、志摩さんや橘さんに直接会いに行ったのだって、「いざという時は富豊に味方してね?」って打診でしょ??
慌てている私の肩を抱き、美成殿が涙目でにやりと嗤う。
「見ましたか!? さっきの清雅の顔! 自分の縁談にお前が驚いた時、一瞬すごく嬉しそうな顔をしましたよ!? 馬鹿ですよねぇ!! 恥ずかしィィィ!!」
「うわああああああ!! 言うなァァ!!!」
「? ??」
何が? 何の話??
仰け反って嗤う美成殿と、頭を抱えて蹲る清雅の落差が激しい。
というか、何だか解らないけれど、美成殿のドSな哄笑っぷりが凄まじ過ぎる。
「――とにかく!!」
真っ赤になった自分のほっぺたを ぱん、と叩き、清雅が立ち直った。
そして私と美成殿に、きりりとした表情を向ける。
「このような使者を立てられて、こちらが文で断るという訳にもいくまい。俺ももう一度、三河に出向かねばならなくなった。迷惑な話だ。『大名同士の婚姻の禁止』。惣無事令と違って有名無実化しているが、これも秀好様が遺された法令のひとつだ」
なるほど清雅さん、そんな法令があるのですか。
実は真木家も一応は大名なのですよ? 先日は、バッドエンドすれすれのイベントをぶちかまして下さいましたが。
そこに美成殿も気が付いたらしく、ものすごく嬉しそうなドS微笑を再び浮かべ、清雅を見遣った。




