271.肥後遠征5
「……」
「…………?」
暫く黙って見つめ合ったあと、清雅が深い溜め息をついて頭を掻いた。
うん、まあそういう反応にもなりますよね。荒唐無稽な話ですしね。
「そんな訳ですので、霊獣のこと以外は全然気にしないで下さい。先日のあれは事故です。忘れましょう」
雪村は男だから、裸を見られたって平気です。そしてほむらが無事に復活できたら、宝玉の件も水に流せる。
清雅は自分の益にならないのに、炎虎復活にすごく尽力してくれたんだから。
私は笑って、飲み終わった茶碗をお盆に戻した。
でも清雅は真剣な表情のまま、私を見つめている。
どうしたのかと見返すと、暫く黙った後、改まった表情で尋ねてきた。
「炎虎は『桜姫守護の任』と引き換えに、武隈 信厳から下賜されたと言っていたな? ならば炎虎が復活した後は、また元のように使役するのか?」
「あ……」
そうか。清雅は徳山に内緒で、炎虎の蘇生に手を貸してくれている。今後ほむらを使役したら、徳山にこの件がバレちゃうのか。
秀夜様と徳山の孫姫との縁談をまとめようと頑張ってきたのに、迷惑がかかる……
どう返事をしていいか解らなくて戸惑っていると、清雅がそっと私の手を取った。
「徳山殿は『炎虎を封じる』事に執着している。貴女の兄君も、それで徳山との縁談を打診された口だろう。霊獣を連れ帰っては危険ではないか? 俺は貴女が心配だ」
「ご心配、ありがとうございます」
大丈夫です、とまでは言い損ねて、そっと手を引っ込めると、清雅に強い力で引き戻される。バランスを崩してぽすんと清雅にぶつかったら、清雅の逞しい腕がぎゅうと抱き締めてきた。
何だ!? ぎょっとして顔を上げると、真剣な鈍色の視線が突き刺さる。
「このまま此処に居たらいい。肥後なら徳山殿の目も届くまい、容易に炎虎を隠せる。上森には神龍が居るんだ、守護の任は上森に任せたらいいだろう」
「そのような訳にはいきません。真木は信厳公より、桜姫守護の任を賜りました。なるべく清雅殿に、迷惑がかからないようにしますから……」
「そのような意味で言っているのではない! 徳山殿は怖ろしい方だ、何かあってからでは遅い!!」
筋骨隆々とした戦国武将に締め上げられ、体中の骨がみしみしと軋みだす。
肺が圧迫されて息が出来ない!!
「は、離して下さ……」
「貴女は隙だらけだ。誘っているのかと勘違いしたくなる程に! 前に言った筈だな? 俺は貴女を娶る心積もりがあると。責任感だけで言っているのでは無い、俺は貴女に惹かれている」
そっちの感情が勘違いだよ! とツッコみたいけれど、息も声も吐き出せない。
私が黙っているからか、清雅がもりもりとエスカレートする。
「直枝殿との事は聞いている。美成から釘も刺された。だがそのように愁いを帯びた表情で「愛しい男と上手くいっていない」と告げられて、俺が貴女を手放せると思うか!?」
い、いと……!? そんな事をいつ言った!?
というか、最初は女だって事にも気づいてなかったじゃないのさ!!
「待って下さい! さっきも言いましたが私は男で」
「信じられる訳が無いだろう! このように柔らかな身体で」
ひえええ何を言い出すんだ!
虎のように鋭い視線、殺気漲る抱擁。
台詞だけなら恋愛イベントだけど、霞んだ視界にバッドエンドが見えてくる。
喉から内臓が飛び出そうな私を、清雅が更にぎゅうぎゅう締め上げた。
「ちょ、やめ……っ」
「駄目だ!」
駄目だじゃないよ! ぎゃああいたいいたいいたい!!
ごちん!!
ものすごい音がして、清雅が頭を押さえて崩れ落ちる。
ぐったりした清雅の背後に、鬼の形相の美成殿が、血染めの石を手に立っていた。
「……手を出すな、といいましたよね……!?」
殺人事件一歩手前だ。




