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267.肥後遠征1

 口を開けば喧嘩になる美成殿と清雅を(なだ)めつつ、ギスギスした旅を続けて、私たちははるばる鎮西ちんぜい(九州)までやってきた。

 飛行機もJRも無い九州までの旅路は、すっごい遠い……。


「帰りは船にしましょう。軍師殿がどう動くかは、まったく読めませんでしたね」


 馬上で美成殿が、考え込む顔つきになっている。

『軍師殿』とは、史実で言うなら黒田官兵衛(くろだかんべえ)のこと。美成殿が『隠居した軍師殿』が治める豊後おおいたの様子が知りたいって事で、行きは陸路を取ったのです。


「秀好様は軍師殿を(ひど)く警戒していましたし、使い倒した割に評価しませんでした。恨みに思っていても仕方がありません。息子は徳山についていますしね」

「徳山に対抗できる数少ない方なのだが。息子を間諜(かんちょう)にしている訳でも無いのか」


『軍師殿』の知恵を借りる事が出来れば、秀夜様を守る策が見つかるかも知れない。

 美成殿も清雅もそれを期待していたけれど、上手くいかなかったみたいだ。



 ***************                *************** 


 肥後に到着した後、美成殿が旅装を解かないまま、清雅を(にら)みつけた。


「俺はこのまま薩摩(さつま)へ向かいます。清雅、解っていると思うが、こいつにはくれぐれも手を出すなよ」

「私からも、くれぐれもお願いします」


 一緒の旅路も長くなると、多少は親しくなってくる。

 念押(ねんお)しする美成殿の尻馬に乗って、私もぷすりと(くぎ)を刺した。


 ほむらを狙ったのは、徳山に依頼されたから。

 依頼を受けたのは、秀夜様と家靖の孫娘との縁組を引き換えにしたから。

 そういう理由があったのなら、もうボコボコにされる事は無いと思うけれど。


 しかし冷静さを欠いていたとはいえ、あんなに易々(やすやす)と負けるようでは『雪村』の名が(すた)る。

 いずれリベンジしなければ。


手合(てあ)わせは、ほむらが復活した後です。今度は負けませんよ?」

「え?」

「私とほむらは一心同体(いっしんどうたい)なのです。()る時はいつでも一緒、2対1など知った事ではありません」


 ()()り返って堂々と卑怯な事を言うと、清雅がぽかんと口を開き、眉間を抑えた美成殿が、呆れ顔で吐息をついた。


「……雪村、この場合の『手を出す』は、『手合わせ』と同義ではありませんよ」



 +++


 温かい鎮西には、信濃や越後では見かけない花や植物が生えていた。そして熊本城には、兵糧(ひょうろう)になりそうな草木ばかりが植えられている。

 城を案内してくれている清雅を見上げ、私はへらりと笑った。


「私の父も、城にたくさん実のなる植物を植えていました。兵糧用にって。加賀殿は父上に似ていますね」

「そうか。では実家に戻ったつもりで過ごして欲しい」


 他愛(たあい)ない話をしながら歩いていると、鍛錬場が見えてきた。城主が武断派(ぶだんは)だと家臣もそれに(なら)うのか、皆、よく鍛えた体つきをしている。


(しばら)く上方に居たせいかな、身体が(なま)った。あとで少し動かすか」

「加賀殿。それなら私に稽古をつけて貰えませんか? ああは言いましたが、ほむらがいないとどうにもならない様では、先が思いやられます」

「必要無いだろう。女子の貴女が戦に出ることは無い」


 ええ、まあ普通はそうですよね。でも実は私、男なんです。……と毎度おなじみの「女子になる病」ってウソ説明が面倒だけど、話しておいた方がいいかなぁ? 

 少し考え込んだのを、 がっかりしたと勘違いしたのか、清雅が改まってこちらに向き直る。


「戦といえば。貴女は怨霊退治をした事はあるようだが、人間同士の戦は経験が無いのではないか? 俺と()り合った時も太刀筋(たちすじ)に迷いがあった。殺したくない等と甘い事を考えていては、自分が死ぬぞ」


 なるほど。いくら異世界で『戦がある世界』だとしても、平気で人を斬れるかといわれたら…やっぱり怖い。そこは平和な時代を生きてきて染み付いた倫理観(りんりかん)だから、どうしようも無いのかも。そしてそれをどう説明すべきかが解らないな……


 何とも返事のしようが無くて黙っていると、私を見つめていた清雅が、ちょっと顔を()らして頭を()いた。


「あー……ところで雪村殿」

「はい?」

「美成の事は『美成殿』と呼んでいるだろう。差し(つか)えなければ、俺の事も『清雅』と呼んでくれないか? あいつが名前呼びなのに俺が『加賀殿』だと、その……」

「ああ、わかります。舞田殿の領地と名前が(かぶ)っていますもんね。私もまぎらわしいなと思っていました」

「え? あ、うん……??」

「わかりました! これからは『清雅殿』と呼ばせていただきます」


 元気に返事をすると、何だか微妙な顔をしていた清雅が、まあいいか、と切り替えるように咳払(せきばら)いをする。


「ところで、さっそく明日にでも阿蘇山へ向かおうと思うのだが。俺とふたりで行くのが嫌なら供をつけるが、どうする?」

「? 別にふたりで(かま)いません。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げると、清雅も生真面目に「こちらこそ(よろ)しく頼む」と頭を下げた。


間諜=スパイのこと

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