267.肥後遠征1
口を開けば喧嘩になる美成殿と清雅を宥めつつ、ギスギスした旅を続けて、私たちははるばる鎮西(九州)までやってきた。
飛行機もJRも無い九州までの旅路は、すっごい遠い……。
「帰りは船にしましょう。軍師殿がどう動くかは、まったく読めませんでしたね」
馬上で美成殿が、考え込む顔つきになっている。
『軍師殿』とは、史実で言うなら黒田官兵衛のこと。美成殿が『隠居した軍師殿』が治める豊後の様子が知りたいって事で、行きは陸路を取ったのです。
「秀好様は軍師殿を酷く警戒していましたし、使い倒した割に評価しませんでした。恨みに思っていても仕方がありません。息子は徳山についていますしね」
「徳山に対抗できる数少ない方なのだが。息子を間諜にしている訳でも無いのか」
『軍師殿』の知恵を借りる事が出来れば、秀夜様を守る策が見つかるかも知れない。
美成殿も清雅もそれを期待していたけれど、上手くいかなかったみたいだ。
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肥後に到着した後、美成殿が旅装を解かないまま、清雅を睨みつけた。
「俺はこのまま薩摩へ向かいます。清雅、解っていると思うが、こいつにはくれぐれも手を出すなよ」
「私からも、くれぐれもお願いします」
一緒の旅路も長くなると、多少は親しくなってくる。
念押しする美成殿の尻馬に乗って、私もぷすりと釘を刺した。
ほむらを狙ったのは、徳山に依頼されたから。
依頼を受けたのは、秀夜様と家靖の孫娘との縁組を引き換えにしたから。
そういう理由があったのなら、もうボコボコにされる事は無いと思うけれど。
しかし冷静さを欠いていたとはいえ、あんなに易々と負けるようでは『雪村』の名が廃る。
いずれリベンジしなければ。
「手合わせは、ほむらが復活した後です。今度は負けませんよ?」
「え?」
「私とほむらは一心同体なのです。戦る時はいつでも一緒、2対1など知った事ではありません」
踏ん反り返って堂々と卑怯な事を言うと、清雅がぽかんと口を開き、眉間を抑えた美成殿が、呆れ顔で吐息をついた。
「……雪村、この場合の『手を出す』は、『手合わせ』と同義ではありませんよ」
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温かい鎮西には、信濃や越後では見かけない花や植物が生えていた。そして熊本城には、兵糧になりそうな草木ばかりが植えられている。
城を案内してくれている清雅を見上げ、私はへらりと笑った。
「私の父も、城にたくさん実のなる植物を植えていました。兵糧用にって。加賀殿は父上に似ていますね」
「そうか。では実家に戻ったつもりで過ごして欲しい」
他愛ない話をしながら歩いていると、鍛錬場が見えてきた。城主が武断派だと家臣もそれに倣うのか、皆、よく鍛えた体つきをしている。
「暫く上方に居たせいかな、身体が鈍った。あとで少し動かすか」
「加賀殿。それなら私に稽古をつけて貰えませんか? ああは言いましたが、ほむらがいないとどうにもならない様では、先が思いやられます」
「必要無いだろう。女子の貴女が戦に出ることは無い」
ええ、まあ普通はそうですよね。でも実は私、男なんです。……と毎度おなじみの「女子になる病」ってウソ説明が面倒だけど、話しておいた方がいいかなぁ?
少し考え込んだのを、 がっかりしたと勘違いしたのか、清雅が改まってこちらに向き直る。
「戦といえば。貴女は怨霊退治をした事はあるようだが、人間同士の戦は経験が無いのではないか? 俺と遣り合った時も太刀筋に迷いがあった。殺したくない等と甘い事を考えていては、自分が死ぬぞ」
なるほど。いくら異世界で『戦がある世界』だとしても、平気で人を斬れるかといわれたら…やっぱり怖い。そこは平和な時代を生きてきて染み付いた倫理観だから、どうしようも無いのかも。そしてそれをどう説明すべきかが解らないな……
何とも返事のしようが無くて黙っていると、私を見つめていた清雅が、ちょっと顔を逸らして頭を掻いた。
「あー……ところで雪村殿」
「はい?」
「美成の事は『美成殿』と呼んでいるだろう。差し支えなければ、俺の事も『清雅』と呼んでくれないか? あいつが名前呼びなのに俺が『加賀殿』だと、その……」
「ああ、わかります。舞田殿の領地と名前が被っていますもんね。私もまぎらわしいなと思っていました」
「え? あ、うん……??」
「わかりました! これからは『清雅殿』と呼ばせていただきます」
元気に返事をすると、何だか微妙な顔をしていた清雅が、まあいいか、と切り替えるように咳払いをする。
「ところで、さっそく明日にでも阿蘇山へ向かおうと思うのだが。俺とふたりで行くのが嫌なら供をつけるが、どうする?」
「? 別にふたりで構いません。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、清雅も生真面目に「こちらこそ宜しく頼む」と頭を下げた。
間諜=スパイのこと




