表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

265/383

265.再会1 ~side K~


 目の前で繰り広げられる光景が 現実味を帯びていない。

 なのに 水に落とした墨が広がるように、じわりじわりと心が(むしば)まれていく。


 ――恐れていた事態が、現実になってしまった。


「兼継、外せ」


 主君に命じられるまで、兼継は微動(びどう)だに出来ずにそれを眺めていた。



 +++


「雪、他に好きな男がいるぞ?」


 桜井からそう聞かされたのは何時(いつ)だったか。

 あれは確か、そぼ降る雨が庭石を()らす初夏の頃。雪が正宗と親しくしている件について、(くぎ)を刺してはどうかと忠告された日のことだ。

 そう言っておきながら、兼継自身が雪を憎からず思っていると知るや(いな)や、兼継に対してもこの(よう)牽制(けんせい)してくるのだから、敵か味方か判ったものではない。


 しかし敵であっても味方であっても、聞き捨てならない台詞ではあった。

 こちらは怖がらせないように少しずつ、時間をかけて距離を詰めているというのに、最初からその距離が無い男が居るというのだから。

 挙句(あげく)にその男は、雪村とは面識が無い(はず)肥後(ひご)の大名、加賀 清雅(かがきよまさ)だと言う。


 加賀といえば、世に聞こえた武断派(ぶだんは)。謀略よりも、(おのれ)の武勇を頼みとする戦略を好む。外見も鎮西(ちんぜい)の大名らしく、陽に()けた肌と鍛えられた肢体(からだ)が特徴的で、雪深い北国で知略に()けた兼継と、似ているとは言い(がた)い。


 あのような男が好みか。道理(どうり)でこちらはなかなか進展しない訳だ。

 いや、このような事は、時間をかければどうにかなるという話では無い。

 恋など、落ちる時は一瞬だ。




 ……

 …………本当に 一瞬だったな。


 頬を染めて(うつむ)く雪と加賀を思い出し、兼継は頭を振ってその残像を追い払った。


 いつだったか、桜井が言っていたな。

 本来の歴史から外れる出来事には『歴史の修正力』が働くと。


 雪村が生き残る運命ばかりが『本来とは違う未来』ではない。(おそ)らくは、雪を手に入れたいと望むこともまた『違う未来』なのだ。

 その証拠に、想いを伝えた途端(とたん)に 雪が遠くなっていく。

 ふた月のうち数日だけの逢瀬(おうせ)も、髪に触れる事すらも、おそらくはもう出来ない。



 ***************                *************** 


「雪、肥後に行くってさ。ほむらを復活させるんだと」


 がさつな物言(ものい)いをして、桜姫――桜井が菓子を摘まむ。

 それについては、兼継が席を外した後も残っていた主君から経緯(けいい)を聞いたが、越後の奥御殿に(こも)っているこの姫も知っているとは思わなかった。


 加賀だけではない。

 桜姫に憑依(ひょうい)しているこの男の事もまた、雪は随分(ずいぶん)と頼りにしている。


 場合によっては 兼継以上に。


 じろりと見返した兼継に、小さく可憐な姫は腕を組んで、聞きたい事について先回(さきまわ)りした。


「肥後に()つ前に、挨拶に来たんだよ。ほむらが復活するまで、越後で世話になってくれって」


 この男とは、随分とまめに連絡を取り合うのだな、私には文のひとつも寄越(よこ)さないくせに。

 そこまで考えて、兼継はふと気がついた。

 この男ならば知っているかも知れない。


「先日、あの娘が『元の世界に戻る』と言っていた。お前とは違い、この世界に転生したと認識していたがどういう事だ」

「あれ? 雪、そこは話しちゃったんだ?」


 やはり知っているのか、面白くないな。

「何かあれば私を頼れ」と伝えた(はず)なのに、どうしてあの娘は私に相談しないのだ。


 むすりと黙り込む兼継から目を()らし、桜井は歯切(はぎ)れ悪く口ごもる。


「元の世界で生きていたんだよ、雪。ええと……ちょっと前に、それが判って」

「ならばあの娘を『雪村』に戻したらどうなる? 何を()()けとして、元の世界に戻るのだ」

「……」


 表情を改めて、大きな瞳がじっと兼継を見返してくる。

 (しばら)くそのままでいた神子姫は、意を決したように口を開いた。


「雪はあんたに知られたくないみたいだけど、俺があんたなら、教えて欲しいと思うだろうから教えておくよ。『雪村』に戻ったら、おそらく雪は、元の世界に帰る事になる。前みたいに『雪村の中に一緒に居る』って訳には いかないみたいだ」

「そうか」

「……それでさ」


 (しば)逡巡(しゅんじゅん)した後で、言葉が続く。


「あんたは「自分が契りさえしなければ『雪村』には戻らない」って思っているだろ? あとはせいぜい、正宗や清雅に()(さら)われなければいい、くらいは考えているだろうけど。……実はさ、「他にも方法がある」って事が解ったんだ。ただその条件が解らないから、それで戻れる保証は無い。そして雪は今、そっちの方法で戻るつもりで模索(もさく)している」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ