260.事情
「素晴らしい! でかした加賀殿。見事、害獣を討ち果たしたようですな! さすがは大陸で、百柱の霊虎を屠っただけの事はある」
真っ二つに割れた宝玉を前に、嬉々として褒めそやす家靖を、清雅は慇懃を装った社交辞令でやり過ごす。
かつて秀好が病に倒れた時「大陸に居る『霊虎』の肝が万病に効く」と聞いた清雅は、それを手に入れる為に大陸に渡った。
しかし霊獣である『霊虎』は怨霊と同じく、狩った端から消えていく。肝など手に入ろう筈も無い。
それでも愚直に狩って狩って、片っ端から狩りつくし、最終的に手にしたのは――
…………
「――さすがは『霊虎将軍』ですな!」
意識を引き戻され、清雅は僅かに苦笑する。霊虎将軍とは、大陸で霊虎ばかりを狩る清雅に、現地の民がつけた渾名だ。
随分と持ち上げてくるが、徳山の腹黒は有名だ。世辞に紛れて、約束を反故にされては堪らない。
「恐れ入ります」
返しながら顔を上げ、清雅は、彼にとって最も重要な事を念押しした。
「約束通り、炎虎は討伐しました。『これが成功した暁には、家靖公の孫姫様を秀夜様に嫁がせる』とのお約束、お忘れ無き様くれぐれもお願い申し上げます」
「分かっておる。そうじゃ! それとは別に、加賀殿にも何か褒美を取らせなければなるまいな。是非、そなたにも儂の養女を」
「私には勿体ないお話です。しかし褒美を頂けるというのであれば、ひとつお願いが御座います」
「ほう?」
微苦笑で縁談話を固辞した清雅は、何でも無い事のように言葉を続けた。
「この宝玉を私に頂けないでしょうか。かつて 武隈 信厳公が使役していた炎虎、これを倒した事は武人の誉れ。是非ともその証を、家宝にしたく存じます」
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怪しまれる事なく取り戻せて良かった。割れた宝玉を懐に仕舞い、清雅はふと考え込んだ。
さて、これをあの娘に返さなければならないが――
あれは誰だ?
真木と言えば元・武隈の家臣で 、神子姫の守護を請け負う代わりに、霊獣・炎虎を下賜されたと聞いている。
そして本来ならば、当主に従う筈の霊獣を、真木家は当主の弟が継承したとも。
……弟か。
清雅はつい先日、徳山領外れでの出来事を思い出した。
初めて出会ったあの時。
最初はそれが炎虎だと気付かず、子供が怨霊に襲われていると思った。
助けに入ったつもりだったが、虎を斬ると、その子供は逆上した。
炎虎の霊炎に身を焼かれていなかった、真木の縁者なのは間違い無い。
しかしあれは『齢二十歳の当主の弟』には到底見えなかったし、何より『男』ですらなかったぞ……?
思い出しかけて慌てて頭を振り、清雅は残像を追い払った。
……美成が、真木家と遠縁になると言っていた気がする。あの娘が誰かなど、美成に聞けば簡単に分かるのかも知れないが、それが出来れば苦労はしない。
今となっては顔を合わせるだけで、口を開くだけで喧嘩になるような間柄だ。
知っているとは思えなかったが、清雅は親戚であり、朋友でもある 福士 政則 に訊ねる事にした。
「炎虎を従えてる姫君ィ? そりゃあれだよ。上森 剣神の神子姫だろ?」
「上森家は、神龍を従えているんじゃなかったか?」
「ああ、何かさーあの軍神、女子だったらしくてさ。武隈 信厳 との娘だって聞いたような。花見の宴では「嵐を鎮めた」だの「炎虎に乗って逃げた」だの、そんな話が出ていたぞ? 清雅、知らないの?」
大阪の花見は美成の差配だからと出席しなかったが、風の噂で「毘沙門天の姫君が、宴で嵐を鎮めた」という話を聞いた気もする。
武隈の血を引くなら、炎虎があれほどに懐くのも然もありなん、と言ったところか。
「なるほど。上森の姫だったか」
何故、あそこに居たのかはともかく。
五大老の妹姫、それも世に聞こえた軍神の神子姫に、あのような狼藉を働いてしまったと言うことか。
さて、どう謝罪すべきか。
頭を掻いて溜め息をつく清雅を、政則は不思議そうに眺めていた。




