259.消滅5
「……っきゃああああああああ!!」
「うわあああああああああああ!?」
同時に悲鳴が上がり、私は怯んだ清雅を蹴り飛ばして腕から逃れ、はだけた小袖の胸元を掻き合わせて蹲った。
みみみみらみら見られた……?
「お前、女か!!」
見られたああああああ!!!
顔も耳も熱くて、顔が上げられない。
暫く黙って立ち尽くしていた清雅が、ゆっくりと近付いてくる。
それが解っているのに、怖くて身体が動かない。
清雅の冷たい指先が 私の首筋に触れた。
「や……っ! いや!! 返して下さい!!」
首から提げていた巾着袋が引き抜かれ、私は悲鳴を上げて清雅に取り縋った。
必死で手を伸ばす私を、戸惑った表情の清雅がそっと押し止めてくる。
そして。
「済まない。いずれこれは必ず返す。少しの間、俺に預けて欲しい」
そう言って、自分の小袖を私に着せかけると、身を翻し、あっという間に居なくなった。
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清雅が……何でここに……
そこまで考えて、急にすべてが繋がる。
徳山はもともと、霊獣を使役する大名家を疎んじている。
兄上に縁談話が持ち込まれた時、徳山からは『霊獣の封印』を条件にされて破談になった。
縁続きになる事で『炎虎封じ』が出来なかった徳山は、今度は、祠に納められている『御神体の破壊』を目論んだ。御神体が破壊されれば、霊獣は消滅する。
しかし浅間山の噴火で、御神体は祠から回収されていた。
業を煮やした徳山は、直接、霊獣を討伐をする事にした。
そして『霊虎退治』の達人・清雅を呼び寄せた。
今回、真木が宴に呼ばれた理由。その目的は『炎虎討伐』。
神気に満ちた信濃から引きずり出して、清雅にほむらを討伐させる事だったんだ。
わざわざ徳山が宿を手配したのは、早々に領地に戻られるのを防ぐ為。
宴に清雅が呼ばれていないのは『肥後に居た』と偽装する為だ。
「徳山様は怖ろしい方です。目的の為ならば手段を選びません。そして嘘を誠と押し切るだけの権力を持ち合わせております。ここに呼ばれた理由が解らぬ今、くれぐれもご油断無きよう」
小夏姫が忠告してくれていたのに。また私は失敗した。
ぺたりと座り込んだまま、私は清雅が消えた草藪を、ぼんやりと見つめていた。
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それからの記憶はあまり定かじゃない。
ほむらが消滅した事よりも、乱れた着衣に擦り傷だらけで戻った私の方がインパクトが強かったらしく、兄上がすごくショックを受けてしまった。
宿泊を急遽取り止めて上田に戻ったけれど、今更ながら、徳山のエグさがしみじみと身に染みた。
兄上に、信じて貰えないんだから。
「徳山の策です」
「ほむらを狩ったのは、加賀 清雅です」
いくら必死で訴えても、兄上は溜め息をついて首を振るだけだった。
「どうしてそう思うの? 雪村は加賀殿と面識が無いよね?」
「彼は片鎌槍を手にしていました。あれは加賀殿の装備です」
確かにこっちの世界の『雪村』は、清雅と面識が無い。
清雅の固有スキルが『虎狩り』で、愛用の槍が片鎌槍なのを私が知っているのは、ゲームでそういう設定だから。
そんな事を兄上に言える訳が無いし、訝しむのは当たり前だ。
「片鎌槍って、欠けた十文字槍ってこと? たぶん金子に困っている浪人なんかは、そういう物も使っているよ」
お金に困った無頼者に襲われて、宝玉を盗まれたって思っている口ぶりだ。
おまけに清雅は、宴にも出席していなかった。
肥後の大名がこんな所に居る訳がないって思っている。小夏姫の言った通りだ。
「あとは僕にまかせて。ひとりにしてごめんね雪村、怖かったでしょ」
兄上が優しく慰めてくれて。
それでやっと、安心出来る場所まで戻ってこれたんだって実感できて、同時に消滅したほむらの事や、敵をとれなかった事が思い出されて……堪えられなくなって。
「……っ 兄上、怖かったです……っ」
わんわん泣き出した私の背中を、兄上はずっと優しく撫でてくれていた。
打ち切りエンドみたいな、紛らわしいサブタイトルで申し訳ありません。




