258.消滅4
結局、蚕を見た村にも城下町にも行けないまま、私は野原の木陰に座っていた。
小夏姫に励まされて、ちゃんと兼継殿と話をしようと決めた筈なのに、心のどこかで怯んでいる。
私は、雪村を元に戻したい。でもそれだと『兼継殿より雪村の方が大事』って意味に取られてしまう。
私の気持ちよりも雪村の方が大事だけれど、兼継殿の気持ちよりも大事かと言われたら、比べられない。
それをうまく伝える自信が無い。誤解させるくらいなら、いっそ何も言わない方がいいんじゃないかな。
だからって「雪村には戻りません」って嘘もつけない。
どうしたらこの気持ちが伝わるだろう。
仲直り出来るだろう。
……どちらにしろ『雪村を戻さない』という選択が出来ないなら、このまま兼継殿とは疎遠でいた方がいいのかも知れない。
今は寂しくても、この世界とお別れする時に辛くない。
きっと私が雪村に戻れば、兼継殿も「気の迷いだった」と気がつくだろうし。
そもそも戻る為には『契って戻る』以外の方法、『意識を失う』+αを見つけなければならないけど、こっちも難題だ。
ぼんやりと考えながら、ちらちらと瞬く木漏れ日を眺めていたら、足元で寝そべっていたほむらが、するりと身を摺り寄せてきた。
私はわざと燥いだ声を上げて、ぎゅうと首筋に抱きつく。
「ありがと、ほむら。慰めてくれるの?」
ほむらがほっぺたを舐めながら圧し掛かって来て、私とほむらはきゃあきゃあ言いながら野原を転げまわった。
私、思っている事が態度に出やすいのかな? 小夏姫にもほむらにも、心配をかけまくりだ。
寝転がったままほむらの顔を両手で挟んで、金色の瞳を見返す。
「ほむら、兼継殿に何て言えばいいのかな?」
ほむらが突然、がばりと身を起こし、激しい威嚇の唸り声を上げた。
びっくりして身を起こすと、そこにはいつの間にか、精悍な目つきの男の人が立っていた。
均整のとれた筋骨隆々とした肢体。日に焼けた肌と鈍色の髪。
袖の短い深碧の羽織を着て、何より異様なのは、烏羽色の布地で顔を半分、隠しているところだ。
そして手にしているのは 魂を刈りとるような死神の鎌。
この特殊な形状の槍は見覚えがある。ゲームでの清雅の固有装備『片鎌槍』。
――この人、加賀 清雅だ!
「ほむら戻れ!!」
私の絶叫と虎の咆哮。
そして男が手にした片鎌槍が、ほむらを真っ二つに切り裂くのが同時だった。
+++
胸元で、ぱきん と澄んだ音が聞こえ、斬られた虎の身体が噴き上がった炎と共に消滅するのを、私は何も考えられないまま見つめていた。
ほむらが……ほむら……っ!
罵倒混じりの絶叫が遠くで聞こえる。
それが自分の口から発せられている事にも気付けないまま、私は全力で刀を振り下ろした。
「真木の者か!?」
目を見開いた清雅が小さく呟き、片鎌槍の柄で刃を受け止める。
身を捻って間合いを詰め、こめかみ目掛けての蹴り。腕で防御したら胴が空く、それを見越して突き出した刃は、数ミリの差で躱された。
渾身の力を振り絞った攻撃に霊力を乗せても、清雅はいとも簡単に弾き返してくる。全然歯が立たない――強い!
一瞬怯んだその隙を突かれ、片鎌槍が私の手から、刀を弾き飛ばした。
無造作に払いのけられ、受け身を取り損ねた私は、したたかに背中をぶつけて地面を転がった。そのまま距離を取って構えたけれど、追撃してくる様子は無い。
怒りで頭がくらくらする。
何より理不尽にほむらを消滅させられたのに、敵討ち出来ない自分に腹が立つ。
悔しい、悔しい!
視線で殺せるならそうしたいくらいの殺意を漲らせて、清雅を睨みつける。
怒り狂っている私なんかどうでもいいって顔をして、清雅が淡々と口を開いた。
「浅間山の祠から、炎虎の御神体が消えていた。何処に隠した?」
浅間山? 御神体?
何で清雅がそんな事を……
赤虎目石は、首から提げた巾着袋に入っている。……何でこれを探しているの?
探している理由が分からないけれど、ゲームでの清雅のスキルは『虎狩り』。
嫌な予感がする。これに気付かれる訳にはいかない。
私はそろそろと首を振りながら後退り、身を翻した。
「知っているな? 答えろ」
「や……っ!」
逃げた途端に距離を詰められ、私は清雅に羽交い締めにされた。めちゃくちゃに暴れてもびくともしない。腕に噛み付いたら思いきり弾き飛ばされ、地面に転がった。
清雅が、動けない私の襟元を掴み、引き摺り立たせて凄んでくる。
「手加減してやっているうちに吐け、餓鬼」
嘘。これで『手加減』しているの……?
無意識に 胸元に手がいった。
――しまった!
慌てて身を捩ったけれど、清雅はそれだけで察したらしい。
襟元を締め上げていた手が無造作に、私の小袖を剥いだ。




