257.消滅3
「難しい問題ですわね……」
小夏姫が真剣な面持ちで呟いた。
そうですよね。
「好きな人に嫌われました。その人からは「『雪』のままここに残って欲しい」と言われましたが、それだと『雪村』に戻れません。その人と仲直りして、且つ雪村に戻るにはどうしたらいいと思いますか?」なんて相談されても困るよね……
しばらく考え込んでいた小夏姫が、顔を上げて口を開く。
「今のお話だと、雪様は『雪村殿』に戻った暁には元の世界に戻られる、という事ですか?」
「はい。もう前のように同じ身体で、共に在る事は出来なくなるようなのです」
「でもそれでは、そのお好きな殿方とお別れする事になるではありませんか……雪様は、それでよろしいのですか?」
「『雪村』は男ですから、もともとそのような運命ではありません。ただ、最後の時までは仲良く過ごしたかったのに……嫌われてしまった。それが辛いです」
言葉にしてしまうと、そういう事だったんだなと今更気づく。
誤解されるような事をして、約束を破った自分が悪いとか
雪村を裏切れないとか
私が残ったら 兼継殿の負担になるとか。
いっぱいいっぱい 自分に言い訳してきたけれど。
どうして私は『雪村』なんだろうって、その運命を嘆きたいんじゃない。
そんな事より単純に、兼継殿を悲しませて嫌われた事が 悲しい。
「……雪様は、その『運命』とやらに、囚われ過ぎですわ」
泣きそうになっている私を優しく抱き寄せて、小夏姫が諭すように囁く。
「きっと『雪様の望む道』こそが正解です。雪様が『雪村殿を戻したい』と思うのならばそれが正解。『お好きな殿方の未来の幸福』を願うのであれば、それこそが正解です。すべてが正解。ですからご自分の心に嘘をついてはいけません。『運命』などいくらでも捻じ曲げれば良いのです。お好きな殿方と共にありたいと願うのであれば、全力で足掻いて下さいまし。足掻いて足掻いて、そうして掴み取った未来なら、それこそが『運命』です。私は雪様のどのような決断も、全力で支持いたしますわ」
耳元で 小夏姫の穏やかな声が聞こえてくる。
赤ちゃんをあやすようにゆっくり背中を撫でてくれて、私は声が出せなくなった。
「……小夏姫。相談して良かった。ありがとうございます」
やっと声が出せるくらい落ち着いて、顔を上げて笑いかけると、小夏姫も泣き笑いみたいな顔でどんと胸を叩いた。
「こちらこそ。話して下さってありがとうございます。もしもどうにもならなくなったら、私の中に入って下さいませ。私、雪様なら大歓迎ですわ!」
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私や小夏姫の心配をよそに、数日続いた宴は無事終わり、私たちは信濃に帰る事になった。
「悪戯に雪様のお心を騒がせてしまいました。申し訳ありません」
「とんでもありません! お気遣い頂き、さらにお話も聞いて頂けて、とてもとても嬉しかったです。どうかこれからも仲良くして下さいね。あと、兄とも」
恐縮する小夏姫の手を取って、最後はちょっぴり冗談めかして伝えると、小夏姫も頬を染めて照れ笑いする。そしてふと視線を上げて私を見た。
「雪様。道中どうかお気をつけて。私、まだ何かある気がして仕方がありませんの」
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信濃までの帰り道。
徳山殿が道中の宿として手配してくれたお寺に、私たちは泊っていた。
上田まではもう目と鼻の先だ。陽が落ちる前に着きそうな距離だけど、せっかくのご厚意だからって。
ここは前に、兼継殿と一緒に蚕を見に来た村に近い。……白紬を買って貰った城下町にも。
そんなに前じゃない筈なのに、随分と昔のことみたいだ。
疲れより懐かしさが勝って、私は荷物を解いた後、散歩に出掛ける事にした。




