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255/383

255.消滅1


「こんな事があったばかりだからね。(しばら)くの間は僕の(そば)に居なさい」


 と、兄上に連れ帰られて、今の私は上田に居る。

 沼田での生活に馴染(なじ)んでいたから、久し振りの我が家が何となく落ち着かない。

 いつもなら私が対応している桜姫の送迎も、兄上がしてくれた。


「兄上、ほむらも戻りましたし、私なら大丈夫ですよ?」

「駄目だよ。また(かどわ)かされたらどうするの」


 兄上、今まで私の事は女子扱いしていなかったのに、いきなりどうしたんだろう。でも越後に行かずに済んだ事に、私は内心ほっとしていた。



 +++


「兄上、何かお手伝い出来ることはないですか?」

「いいからゆっくりしていなよ。妖狐討伐なんて疲れたでしょ?」


 ここの仕事は手が足りているらしく、手伝いを申し出たけれど断られてしまった。

 なので特にする事が無い私は、縁側でぼけっと庭を見ている。


 兵糧(ひょうろう)用にと植えられた木々には、りんごの白い花が咲いていた。その根元に咲くのは延胡索(えんごさく)だ。これは鎮痙(ちんけい)鎮痛(ちんつう)の生薬に配合されるって兼つ……私は慌てて頭を振って、考えるのを止める。


 駄目だなぁ。やる事が無いと、考え事ばかりしてしまう。



 空を見上げると、綺麗に晴れ渡った空に、わたあめみたいな雲が浮かんでいる。

 名前も知らない小鳥が すいと飛んでいく。


『お前が雪村を見捨てて 私を選ぶ筈が無い』


 兼継殿のその言葉を、私は否定出来なかった。

 だって雪村は、いきなり自分の身体に入って来た私を受け入れてくれた、この世界での恩人だ。

 居候(いそうろう)のくせに、雪村の意向に逆らった事なんて何度もある。

 それなのに「出て行け」なんて、一度も言われた事がない。


 兼継殿を選ばないんじゃない。

 雪村の人生を乗っ取るなんて 出来ないだけ。


 どうして私は『雪村』なんだろう。

 どうして兼継殿に恋をしちゃったんだろう。


 涙が出てきそうで慌てて視線を落とすと、突然、目の前の空間が揺らいだ。

 ほむらが姿を現して、激しい咆哮(ほうこう)をあげる。

 召喚()しで出てくるなんて、こんな事は初めてだ。私は慌てて庭に飛び下りた。


「どうしたの? ほむら」


 ほむらは鋭い目つきのまま身を低くして、ぐるる……と低く(うな)っている。

 落ち着かせようと抱き付いて(のど)を撫でたその時、目の前で地面がどん! と跳ね、私は慌ててほむらを抱き締めたまま身を低くした。


 地震? ……いや、これは。


 もくもくと山から煙が立ち上っている。

 青い空を昏く(おお)っていく噴煙を、私も、邸の家臣たちも領民も、無言のまま見上げていた。


 ――浅間山が、噴火した。



 +++


「山の噴火を甘く見ないで。雪村、駄目だ!」

「私にはほむらがついています。浅間山の神も、御神体(ごしんたい)が祀られている霊獣を(しい)すような事はしないでしょう」


 言い返せなくなって、兄上がぐっと詰まった。

 ほむらの御神体は、浅間山山頂の(ほこら)に収められている。まだ小規模な噴火しかしていない今ならまだ間に合う。


「御神体を 回収してきます」


 霊獣の御神体は唯一無二(ゆいいつむに)。損壊してしまったら、霊獣は消滅する。

 危険なのは解っていても放置する事は出来ない。



 +++


 小規模な噴火といっても、頂上付近は降り注ぐ火山灰で視界が悪い。

 熱と息苦しさに()き込みながら、私は周囲を見回した。


 灰で(くも)った山頂は、風光明媚(ふうこうめいび)だったかつての面影は微塵(みじん)も無い。

 作り直したばかりだった祠も、火山灰に(まみ)れていた。

 積もった灰を払い落して扉を()じ開けると、開けた扉からも熱風が噴き出してくる。


 熱い、息苦しい。

 早く回収して山を下りなきゃ。


 首から下げた巾着袋に御神体の赤虎目石(あかとらめいし)を入れ、私は逃げるように山を下った。




先日、ニュースで浅間山山頂を見る機会があったのですが、石だらけで全然風光明媚じゃありませんでした。

ここは「異世界の浅間山」ってことで。

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