253.奥州恋歌11 ~side S~
「お前、ホントに何があったの? ほむらを召喚できなかったなんて、あれ嘘だろ? とにかく無事に戻ってこれて良かったけどさぁ」
信倖と兼継が出て行った後、俺は雪の肩に手を置いて大きく息をついた。
ボンクラ兄貴の危機感を煽る為に渾身の泣き真似をしてみたが、心配していたのは本気も本気なのだ。
ごめんなさい としゅんと雪は項垂れたけれど、再度どうしてこうなったのかを訊ねる俺に、ふるふると首を横に振る。
「ごめん、言いたくない」
「それじゃ通らないって。帰りが遅れただけならともかく、あんな派手な着物を着せられた理由は後で絶対に聞かれるよ。せめて兼継や館の使者が来る前に戻れていたら隠す事も出来ただろうが、タイミングとしては最悪だ」
押し黙ったままの雪を諭すように、俺は言葉を継いだ。
「とりあえず話してみろよ。沼田の家臣たちも すっごい心配していたんだ。本当の事を言いたくないなら、今のうちにうまい言い訳、二人で考えようぜ」
「……」
『家臣たちが心配していた』
そのワードが響いたのか、しばらく躊躇った後で雪はしぶしぶ口を開いた。
「正宗が自分の縁談を断る為の、言い訳に利用された。妖狐討伐の後に女装させられて、お母さんのとこに連れて行かれたの」
お前は女だから女装じゃないだろ、と思ったが、とりあえずそれはどうでもいい。
正宗も、いきなり母親に会わせるとは強硬手段に出たもんだ。
呆れと感心が混ざった心境で頷いていると、雪が聞き捨てならない事を言い出した。
「腹が立ったから、桜姫になりすまして『恋人じゃありません』って言ったら、正宗と喧嘩になっちゃって。そのまま逃げてきた。それでほむらも召喚できなかったから、歩いて帰ってきたの」
「はぁ!? 俺を名乗ってこんな大騒ぎになってんのか。でも断ったんだろ? ほむらが使えないなら越後の支城にでも寄って、馬を借りれば良かったじゃん。そもそもほむらはどうしたのさ」
「正宗のお母さんが長谷堂城に滞在していてね。中に入れるチャンスなんて、もう無いだろうから、戦の時に城ごと吹っ飛ばせるような細工をしておきたくて。それでほむらに、長谷堂城の真下に熱溜まりを引き寄せて貰っているの」
城ごと吹っ飛ばすだと……?
照れながら話す内容にしては物騒だが、本人は兼継の為になればと至って真剣だ。
どうツッコむべきか悩んだ末、俺はぎゅっと口を閉ざした。
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「相談に乗ってくれてありがとう、桜井くん。私、兼継殿に長谷堂城の件を話してくるね?」
ほっとした顔をして、雪が部屋を出て行く。
その話をする前に、あの着物のことは突っ込まれまくると思うけどな。
雪には言わなかったが、あんなお色直しの花嫁衣裳みたいな掛下を「小袖が汚れたから洗い替えで借りた」と言われて、兼継が納得するとは俺には思えない。
こちらの狂乱とは裏腹に、いつにも増して冷静だった兼継の様子は気になったが、とりあえず俺は、無事に雪が戻った事に心底ほっとしていて。
それ以上 考えるのをやめてしまった。




