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249.奥州恋歌7


「正宗様、少し宜しいですか」

「何だ、小重郎」


 不貞腐(ふてくさ)れてひっくり返ったままの正宗に、傅役(もりやく)支倉 小重郎(はせくらこじゅうろう)が声を掛けた。


 正宗が幼少の頃から仕えている小重郎には、思い通りにならなくて拗ねている子供のようにしか見えない。

 (すそ)を払って座り、小重郎は口調を改めた。


「先程の騒ぎですが、正宗様は本気でおっしゃっておられましたか? だとしたら、あのような脅しは正直申し上げて愚策(ぐさく)です。そもそも討伐の助太刀を依頼しておきながらのこの所業、真木家当主に何と弁明なさる御積(おつ)もりですか。もしも今、あの方の身に何かあれば、真木と戦になりかねません。そこまで考えておられましたか?」

「今日は母上に、会わせるだけのつもりだったんだ……。気に入らんと言われたら、母上には生涯、出羽(でわ)に居て貰おうと」

寝惚(ねぼ)けた事を仰いますな。縁組は家と家との問題。母君のご意向ではなく、真木家当主と折衝すべき事案です。真木と縁続(えんつづ)きになる事で、当家にどのような益があるか。それが肝要にございます。此度(こたび)は丁重にお帰り頂き、詫びは改めていたしましょう」

「嫌だ! このまま帰したら、あいつはもう二度と俺に会ってくれない!」

「そのような事はありません、とは申しません。しかしこのまま強引に(こと)を進めては、取り返しがつかなくなります。どうぞ私にお任せ下さい、正宗様」


 その時、遠くから絹を裂くような悲鳴が聞こえてきて、正宗と小重郎は耳を澄ませて黙り込んだ。


「何だ?」

「はて。(ねずみ)にでも驚いたのではありませんか?」

「……まさか」


 うそぶいた小重郎に構う事無く、顔色を変えた正宗が部屋から飛び出していく。

 小重郎は 眉間に寄った皺をほぐしながら後に続いた。




 ***************                ***************


「馬鹿な。姫は部屋から出ていません」

「……何故、逃げ出した事に気付かなかった」

「物音など何もしませんでした。あのように消沈しておりましたし、まさか屋根から逃げるとは……」


 情けない声での言い訳を聞き流し、正宗は脱ぎ捨てられた打掛(うちかけ)に触れた。


「憔悴した姫様がお可哀そうで……甘いお菓子を口にしたら気が晴れるのではと中に入りましたら、このような……」


 正宗様が姫様の為にご用意したものです、ってお教えすれば、お気持ちも(ほぐ)れると思ったんです。そう言って泣く侍女を責めるのは酷というものだろう。

 侍女なりの、主君への忠義なのだから。


 打掛を手に震えている正宗の背後に控え、小重郎は溜め息を押し殺した。


『今はお互い冷静ではない。自分に任せろ』と正宗を説き伏せる。

 それで事が収まれば良し。しかしおそらく正宗は、彼女を手放さないだろう。

 ならばこれ以上(こじ)れる前に脱出させ、逃げ切るまでの時間稼ぎをするしか無い。そう思っていたのに、まさかこんなに早々と露見するとは思わなかった。


「俺の右目を怖がらない奴がいたんだ。お前以外では初めてだぞ」


 嬉しそうに話していた正宗を思うと心が痛む。

 女性だと言うなら、添い遂げさせてやりたいとも。


 同盟関係にはなくとも、神子姫を介して真木と上森は繋がりが深い。

 その関係を(かんが)みるに、上森と対立しがちな館と同盟する利点など、真木にしてみれば無いに等しい。

 これからの事を考えるなら、不器用な当主の為にもこれ以上、真木家当主の心情を悪化させる訳にはいかなかった。


 正宗はきっと(まなじり)を吊り上げて 周囲の家臣を見渡した。

 逃げても無駄だ。行先ならば予想がつく、今ならまだ間に合う。


「北の『(ひずみ)』だ! 逃げ帰るなら『歪』はあそこしかない! 取り逃がすな、何としても連れ戻せ!!」


 ブチギレ寸前の当主の怒鳴り声に、家臣たちが一斉に震え上がり、蜘蛛の子を散らすように走り去っていく。

 背後に控えた小重郎に、正宗はぽそりと呟いた。


「嫌いだの顔も見たくないだの。あいつは俺に対して、容赦が無さすぎないか?」

「そう言われるような事をしているからでしょうね」


 小重郎は、静かに頭を下げて進言する。

 正宗は吐息をついて頭を振った。


「お前も俺に対して、容赦が無さすぎる」


 



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