247.奥州恋歌5
「お前、よくも母上に嘘をついたな! どうしてくれる!!」
「嘘をついたのは正宗殿が先です!」
「嘘ではない、騙し討ちだ!!」
奥州の支城に戻った途端に勃発した言い争いに、家臣の人たちがおろおろしている。しかしそんな事は知ったことではない。
「もういいです、私は帰ります。着物と髪紐を返して下さい」
「ならん。今日はもう遅い、ここに泊まれ」
「嫌です」
正宗と会ったら兼継殿が嫌がるのが解っていて、それでも協力したのに。
お母さんに会いたいっていうからそうしたのに、何でこんな嘘をつくの?
自分の縁談を断りたい口実に、私を利用しないでよ。
背を向けて歩き出した私を、正宗が強引に引き留めてくる。
「お前はどうして、そんなにも俺に反抗する! いい加減にしろ!」
「痛……っ!」
掴まれた肩が痛くて 私は力いっぱい振りほどいた。勢い余って 袖が棚に触れ、飾られていた硝子の花瓶が落ちて砕け散る。
それには目もくれず、正宗は私の手首を引っ掴んで 無理矢理、壁に抑えつけた。振り解こうと暴れても ぜんぜん 動くことが出来ない。
「やめて下さい! どうしてこんな事をするんですか!?」
泣きたい気持ちで見上げると、正宗の真剣な表情が間近にあった。
こんな顔は見たことが無くて、喉の奥で声が凍る。
怖いくらい真剣な表情のまま、正宗が囁いた。
「雪村……俺では駄目か。俺は今までの人生で、お前ほど理解のある女に出会った事は無い。おそらくこれからも無いだろう。……誰にも渡したくない。出会ってからの時間は短いかも知れんが、直枝よりも幸せにする自信はある。俺を選べ」
正宗の唇が触れそうになって、身を捩って顔を逸らす。
「や……っ! やだっ、離して!!」
逃れようと暴れても、全然振り解けない。どうしてこんなに力が弱いんだろう。
悔しくて、私はきっと正宗を睨みつけた。
「やめて下さい。……正宗殿なんて嫌いです。大っ嫌い!」
途端に手首を捻りあげられ、痛みに思わず悲鳴を上げた。
それに構う事なく、正宗が懐から出した髪紐で 私の両手首を纏めて縛る。
「……っ!?」
ぎょっとして、私は正宗を見返した。
「おい、こいつをこのまま閉じ込めておけ。見張りもつけろ」
「いや! 放してっ!」
「やかましい!!」
大きな声で一喝され、私はびくりと身を竦ませた。
顎を掴んで乱暴に上向かされ、正宗がぐいと顔を近づけてくる。片目だけで人が殺せそうなくらいに、その眼光は鋭い。
「嫌いなどと二度と言えんように、既成事実を作ってやる。大人しく待っていろ」
「……二度と、顔も見たくない」
私はもう一度、正宗を睨み返した。




