246.奥州恋歌4
「いいか、お前は喋るな。黙って相槌だけ打っていろ。余計な事をされると俺の沽券にかかわる。いや、やっぱり俺に話を合わせろ。いいな?」
「何でもいいから、早く帰して下さい……」
時間はさらに経過して、外はすっかり暗くなっている。正宗の母上を待ちながら、私はうとうとし始めていた。
うっかり飛びそうになる意識を手繰り寄せて頭を振る。妖狐討伐やらお風呂やら、やたら重たい衣装やらで、もう疲労困憊。限界だ。
だいたい 何で私はここにいるんだろう。
茂上の狐を討伐して、茂上出身の正宗母にお礼を言われるとも思えないんだけど。
そんな事を考えていたら、正宗の母上様がやっと部屋に入ってきた。
正宗に倣って平伏ポーズをした後、改めて向き直る。
息子に良く似た、気の強そうな瞳が印象的な女性が 優雅に座っていた。
+++
「久しいの、正宗。わざわざ妖狐を討伐してまで 何か用かえ?」
「母上、お久し振りにございます。先日は結構なお話を頂きまして、有り難うございました」
ゲームでは仲が悪いと聞いていたけれど、こっちではそうでもなさそうだな。
……いや、待たされまくったあたり、どうなんだろう。
遣り取りを聞くに、どうやら母上が、正宗と近隣のお姫様との縁談をセッティングしたらしく、そのお礼を言いたかったらしい。
ああ、うん、なるほど。どこもそういうお年頃ですよねぇ。
きっとこの世界、桜姫が恋愛イベントをサボっているからこんな事になっているんだと思う……桜井くんも、呑気に饅頭食べている場合じゃないよ……
つらつらと続く親子の和やかな会話に、だんだん瞼が重くなる。油断していると船を漕いでしまいそう……
その時、聞き間違いかと耳を疑うような事を正宗が言い出した。
「しかし私にはもう、心に決めた女子が居ります。本日は母上にお目通りが叶えばと連れて参りました」
――は?
眠気も何もかもぶっ飛んで、私は正宗の後ろ頭を凝視した。挨拶を促しているのか、背中あたりで掌がぱたぱたと合図している。
何言ってんの、聞いてないよ! 縁談お断りの偽装をしたいなら先に言え!!
そもそも協力して欲しいなら、私にきちんと頭を下げてお願いするのが筋ってもんでしょ!? お断りだけど! というか、妖狐討伐のついでにやらせるなー!!
おのれ……
どうしたものかと一瞬考え、私は正宗の母上に向かってもう一度、頭を下げた。
そちらがそのつもりなら、こちらにも考えがある。
私は精一杯、可愛らしい顔を作って、正宗母に微笑みかけた。
「お初にお目にかかります。わたくしは甲斐の 武隈 信厳 が娘、桜と申します」
「!?」
当然だけど、正宗が息を呑む気配がする。
「桜姫…… おや、いま噂の『神子姫』様で有せられるか」
「はいっ」
私はしれっと嘘をついた後、よよ、と嘘泣きに転じた。
「正宗殿のお情けは、大変有り難く思って居ります。しかし母上様もご存じの通り、わたくしは神子……ひとりの殿方の物になる訳にはいかない身の上でございます。この世は詮無いことでございますね。よよよ」
ぶるぶる震えている正宗を無視し、私はその背中にこっそりあっかんべーをした。




