245.奥州恋歌3
簀巻きにされたまま輿で運ばれ、気付くと山奥の山城に運び込まれていた。
そういえば、山麓に住む乳母が病気だと言って居たけど……
「ここは長谷堂城だ。母上とはここでお会いする事になっている」
簀巻きから顔を出し、不思議そうに周囲を見回している私に、打掛ごと私を抱いた正宗が耳元で囁いてくる。
長谷堂城……!
まさかここで、長谷堂城の内部まで見られるとは思わなかった!!
しかし いきなり喜んでは不審に思われる。
私はきりりと表情を引き締め、えいやっと打掛の簀巻きから脱出した。
「ここまで来てしまっては仕方がありません。母上様との面談が済むまで適当に時間を潰していますから、私の事はどうぞお構いなく」
「馬鹿。お前も来るんだ」
ぐいと腕を引かれ、ふと正宗が気付いた顔になる。
「髪は下ろせ、衣装と合わん」
言うや否や、正宗が私の髪に手を伸ばし、髪紐を解いた。
「!!」
顔から一瞬で血の気が引く。兼継殿からもらった髪紐……!
「や……っ! 返して下さい!!」
「越後布の髪紐か。戻ったら返してやる」
「嫌です、今、返して下さい!」
必死で手を伸ばし、正宗に取り縋ったけれど、正宗は髪紐を持った手を高く掲げて返してくれない。
逆にとても大切にしている物だと察したらしく、面白くなさそうな顔つきで髪紐を自分の懐に突っ込んだ。
胸元を押さえたまま、正宗がぎり、と睨みつけてくる。
「無事に返して欲しくば 俺の言う事を聞け。母上に挨拶する。お前も来い」
*************** ***************
部屋に通されたけれど、正宗の母上はなかなか来ない。
待てど暮らせど来ないので、私はむすりとしたまま立ち上がった。
「……どこへ行く」
「厠です」
「おい! 女ならもう少し隠す素振りをしろ!!」
「そう思うなら話を広げないで下さいよ。変態ですか」
お風呂を借りた時に、身体は侍女に見られている。今さら男の振りをしても無駄だ。ぐぬぬと黙った正宗は放っておいて、私はさっさと部屋を出た。
厠を探す振りをして、私は城の正門前に立った。
小さな山城の割には頑丈な門構えだけど、そんなに城攻めに手子摺るほどとは思えない。これなら城を囲むように掘られていた水堀の方が厄介だろう。
水掘に囲まれた城は攻め口が限られている。侵攻ルートが読めるなら、そこに兵を配置して銃撃してくるだろうし。
それにこの辺は水はけが悪い土地柄なのか、ここまでの道中も、やたらと道が泥濘んでいた。足がとられた状態で銃撃なんかされたら、それこそ堪ったもんじゃない。
この城を攻略するにはどうしたらいいんだろう。
ここを落とさなければ茂上の本城、山形城を攻められない。
『長谷堂城撤退戦』の敗因のひとつは、ここを落とせなかったことだ。
時間をかけずに落城させるには……
「ほむら」
小さく囁くと、炎を纏った霊獣がふわりと姿を現す。
霊力が尽きかけているせいか少し透けて見える炎虎に、私はこそりと耳打ちした。
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「おい!!」
背後から急にがなり声が聞こえて、私はびくりと肩を震わせた。
振り向くと、鬼のような形相の正宗が立っている。そしてずかずかと近付いてきて、私の腕を強く引っ掴んだ。
「……逃げるつもりだったのか」
「迷子ですよ」
引き摺られるように連れて行かれながら、私は正門を振り返った。
ほむら、疲れているのに無理させてごめん。




