241.前兆2 ~side S~
翌日。
これから奥州に行ってくる、と戦支度をしている雪を、俺はがっくりしながら引き止めた。
「お前ねぇ!? 昨日の話は何だったんだよ。兼継が好きなんじゃなかったの!?」
「???」
きょとんとしている雪の表情が『本当に気づいてません』と言っていて、俺はますます愕然とした。
「『正宗の手作りお菓子』イベントはもう終わっただろ? じゃあもういいじゃん。正宗んとこに行くなんて、兼継が一番嫌がる事だろうよ! そもそもぷ、プロポーズはどうなったんだよ。ちゃんと断ったのか!?」
「? プロポーズって何のこと?」
「うわぁあ気付いてなかったやっぱりィィ! この前、そんな感じだったじゃん!」
「桜井くんの地元って、プロポーズしに行って相手の家を破壊するの?」
そうか、まあそういう感じでもありましたね! ちなみに俺の地元でもそんな風習はありません!!
身悶える俺を困った顔で眺めていた雪が、周囲に人が居ないのに「あのね」と小声でこそりと囁く。
「今回の依頼、奥州と出羽の国境に居る『妖狐討伐」なの。ゲームで兼継ルートの最終戦は『長谷堂城撤退戦』だったでしょ? 二柱の妖狐と戦いながら撤退する難易度高い戦闘。一柱でも討伐しておけばこっちの『長谷堂城戦』が楽になるだろうし、こっちの世界の妖狐の『弱点』を見つけられるかも知れない」
な、なるほど。そういう理由ならあまり強くも反対出来ないな。
「それにね」
怯んだ俺に、雪が更に小さな声で囁く。
「ゲームでは、関ケ原敗戦直後に兼継ルートが終了するから、『その後』については触れてないけど。史実の方では関ケ原の後、上杉は会津120万石から米沢30万石まで減移封されるの。こっちの世界では越後から会津へ移封……ええと、会津に配置換えされたんじゃなくて、川中島の時に会津あたりが加増、ようするに領地を増やされているから、石高的にはもっと落差が激しいと思う」
「きっとこっちの世界でも、史実と似たような未来を辿ると思うの。関ケ原後の上杉家って、現代風に例えると『大企業の社長がライバル企業に追い落とされて、小さい会社の社長になった』って感じかな。普通、そうなったらリストラするじゃない? 会社の収益が少ないんだから。でも希望者は全員再雇用したから、直江兼続は采配にすごく苦労する」
「なるほど」
「ゲームで言うところの長谷堂城撤退戦、史実の慶長出羽合戦は、徳川家康と対戦する前に、背後の憂いを断っておきたかったんじゃないかなと私は思うの。ただ長谷堂城の攻略に手間取って、更に落とす前に関ケ原で西軍が敗戦した。そして上杉景勝が、引き上げる徳川方の背後を突くのを許可しなかった。それならもしも長谷堂城の攻略に手間取らなくて、こっちの世界の影勝様を説き伏せられたら、ここでの歴史を変えられるかも知れない」
「でもそれって、雪が前に言ってたやつじゃないか?」
「うん。『歴史の修正力』が掛かるやつ。でも私は、それでも歴史を変えたい。こっちの世界の兼継殿にとって辛い未来なら、絶対に変えてから帰りたいんだ」
お前がいなくなるのも、兼継にとっては同じくらい『辛い未来』だと思うよ。
そう思っても、雪に「これも兼継殿の為になるから。頑張るよ」と微笑まれると、何も言えなくなった。
何が幸せかなんて、他人が決められることじゃない。
それでもハッピーエンドがないゲームの世界で、より良い未来を引き寄せようと頑張る友人を、俺はこの時、出来る限り手助けしたいと思っていたんだ。




