240.前兆1 ~side S~
「……はい?」
いつものように沼田に来て。いつも通りに荷を解いていた俺は、ぽかんとして雪を見返した。
急展開すぎて頭が追いつかない。
「だ、だから……兼継殿に、す、すきって言われたんだけど。兼継ルートの方はどうなっているのかな、って……」
言っているうちに恥ずかしくなったのか、雪が顔を真っ赤にして俯いた。
ええ!? いつの間に!?? どうして気付かなかったんだろう。
そういえば越後を出る時、このふたりってどんな感じだったっけ? ああそうだ。兼継が城主をやっている坂戸城でトラブルがあったとかで、兼継が居なかったんだ。
「あんたは回りくどいんだよ。雪は鈍いからさ、はっきり言わないと解んないよ?」
確かに俺は兼継にそう言った。
そして兼継がはっきり言った、そういう事か。
あの野郎……。
雪が男に戻った時にお互い辛くなる、と思いやったのが間違いだった。いや、まあとりあえずそれは置いておいて。
「ええと、少し前に兼継に縁談がきたって聞いて……その時に頓挫したっていうか? 言いそびれていてごめん」
実際のところ、大阪夏の陣まで雪が女のままで乗り切るつもりなら、ルートなんて今更どうでもいいだろう。それに事ここに至っては、『桜姫が兼継ルートを進めている』なんて設定は邪魔なだけだ。
とりあえずここは、素直に祝福するターンだろう。
乙女ゲームらしく恋愛成就したんだから。
「良かったじゃん。おめでとう!」
肘で突きながら雪を祝福したけれど、雪は曖昧に微笑んだまま何も言わない。
ちょっと不思議に思いながら俺は言葉を続けた。
「あのさ、俺は雪が女のままでもいいと思うよ? どうせ男なら数年で死ぬ筈だったんだ。雪村だって納得するさ」
「ううん。時期が来たらちゃんと男に戻るよ。そして私は現世に帰る」
「え?」
両思いになったのに?
予想に反した躊躇のない言い方に、逆に俺は呆気にとられた。
「だって雪も、兼継のことが好きなんじゃないの?」
「好きだよ。だからだよ」
きょとんとしている俺に、雪が苦笑する。
「この時代は現代と違って『跡取り』が必須なの。お家が断絶しちゃうから。兼継殿は直枝家の跡取りだからね、契ったら男に戻る私じゃ無理だよ」
「いや、でもさ。兼継はそれを知っていて言っている訳だろ? 子供が作れなくても大事にしてくれるよ。俺が言うのも何だけど、あいつは義理堅いし、真面目だし」
「縁組は家と家との問題だから、好き嫌いで決められるものじゃないよ。私がここに残ると直枝家の迷惑になる。だからね」
雪がじっと俺を見る。
「『契る以外で、雪村に戻る方法があった』って事は内緒にする。……あのね、兼継殿が「ここに残って欲しい」って言ってくれたの。でもこの事を兼継殿が知ったら、きっとどうしていいか解らなくなるよね。だから大阪夏の陣が終わるまでに、私自身でその方法を見つけて、雪村に戻るよ」
俺が何も言わないからか、雪は俺の方を見ないまま 言葉を続ける。
「兼継殿は『契る以外に方法は無い』って思っているから、自分が契りさえしなければ『雪村』に戻らないと思っている。それで「雪村に戻さない兼継殿が悪いんだから気にするな」って言ってくれた。でも私は兼継殿に負担に思われたくないし、後悔もさせたくないんだ。それで幸福な未来を贈って帰りたい。ちゃんと家を継いで、どこかのお姫様をお嫁さんに貰って……子供が生まれて。おじいちゃんになって家督を譲ったら、孫に囲まれてのんびり本を読んでいられるような、そんな未来。……私じゃ無理なの。でもここに居る間は仲良く過ごしたいし、ケンカ別れはしたくない。だから桜井くんも協力してね?」
「でも……雪は、それでいいのか?」
「うん」
頭を掻いて戯けた雪が、照れ笑いをする。
「とりあえず『意識を失いっぱなしにする方法』を探すところから協力してよ。結局見つけられなくて兼継殿に「契って戻して下さい」なんて言う羽目になったら台無しだよね」
あははと笑った声が少し震えていたけれど。
俺も笑って 気付かなかった振りをした。




