236.初めての贈り物2
「先にお風呂をいただきました。ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げて、私は兼継殿を見返した。
次は兼継殿だろうと思ったのに、席を立つ気配が無い。濡れた小袖は着替えているけど、身体は冷えている筈だ。
「あの、兼継殿も風邪をひきますよ?」
「そこまで柔ではない。それより遅くなってしまったな。用向きは何だ?」
ああそうだった。お風呂に入りに来た訳じゃないんですよ。
私は懐に入れていた包みを兼継殿に差し出した。
「これは」
「沼田の生糸で作った紐です。私が蚕を育てるところから始めました。第一号は是非、兼継殿に」
「……」
兼継殿が何も言わないので、私は何だか不安になってきた。
張り切っていた気持ちが萎んでくる。
「あの、初めて作ったものですが、結構上手に出来たと思うのです。いつもお世話になっていますし……何かお礼がしたくて……」
声がだんだん、小さくなる。
兼継殿が手にしている白い紐。真珠色で綺麗だと思って選んだ色なのに、こうして見ると運動靴の紐みたいに素っ気ない。
越後では青苧で作る、上方でも評判の布地を作っている。目が肥えている兼継殿には野暮ったく映っているのかも……
「これを、私が貰っても良いのか?」
しばらくたってからやっと聞こえてきた兼継殿の声に、こくんと頷く。
おそるおそる顔を上げると、兼継殿がとても嬉しそうに微笑むのが目に入った。
「……ありがとう……!」
こんなに開けっ広げに喜ぶ兼継殿は見た事がない。
ぽかんとしていた私の胸に、じわじわと嬉しさが込み上げてくる。……よかった、受け取って貰えた!
喜んでくれた事にほっとして嬉しくなって、私はそそっと膝を進めて、兼継殿を見上げた。
「しっかり丈夫に、祈りを込めて作りました。戦の時に使って頂けると嬉しいです。そしてどうかお約束下さい。この紐を、汚すような事にはならないと」
真田紐は甲冑にも使う。家によって模様の織り方が決まっているらしいけれど、そこは敢えて無視してお願いした。
白い紐が、戦が終わっても白いまま。
怪我をしないように、血で汚れたりしないようにと念じて作ったものですよ?
兼継ルートの最終戦は『長谷堂城撤退戦』。
徳山に難癖をつけられて戦になった上森が、徳山を迎え討つ前に出羽・茂上家と戦をする。
その最中に、関ヶ原での美成殿敗北の報が伝わって、撤退する事になるんだけど。
撤退戦の殿……軍の最後尾は、味方を逃がす時間稼ぎをしながらの撤退になるから一番危険な任務なのに、茂上家の霊獣『妖狐』も駆り出されての大激戦になる。
総指揮を取っていた兼継殿自らが殿を務めたのが『長谷堂城撤退戦』だ。
ゲームでも史実でも死なないと解っていても、やっぱり心配だよ。
「善処する」
笑って私の頭を撫でた兼継殿が、ふと気付いた顔になる。そして棚に置いてあった箱から、白い紐を取り出した。
「色まで被ってしまったが、私も渡したいものがあったのだ。越後布で作らせた髪紐だ。これを お前に」
差し出された紐は、雪みたいに真っ白な細いリボンだった。
私に後ろを向かせて、縛っていた麻紐を解いて髪を結い直してくれる。……後ろを向いていて良かった。きっと私は今、真っ赤な顔をしている。
頭を動かせないまま、私は兼継殿に抗議した。
「これではお礼になりません。私は白紬を頂いたり、いろいろと助けて頂いたりしているのに、お返しを全然していませんでした。本当に貰ってばかりなのです。だからそのお礼のつもりだったのに、また頂いては」
「良いのだ、私が渡したかったのだから。……だが、そうだな。お前がそのように言ってくれるのであれば、ひとつ約束が欲しい」
「何でしょう? 私に出来る事であれば何なりと」
ゆっくりと髪を梳く兼継殿の手が心地よくて、それなのに何か緊張して。
でもそれは悟られたくなくて。
私は身を固くしたまま、努めて明るい声を出した。
それに気付いたのか、兼継殿が髪を梳く手を止める。
「兼継殿……?」
振りむいて見上げた私の肩に手を置いて、兼継殿が微かに表情を改めた。
「髪紐を、私以外の男の前では解かないと約束してくれ」
「? はい。しかし私は、寝る時と女装する時くらいしか髪を下ろしませんよ?」
「だからだ。……そのように無防備で可愛らしい姿を、他の男に知られたくない」
その言葉が終わらないうちに 私は兼継殿に抱きしめられた。
え……ええっ!?
混乱する私の耳元で 兼継殿の囁く声がする。
「私は お前を愛している」




