234.検証
「だからさ。例えば睡眠薬を大量に飲めば、あの時みたいに『死ぬかも』ってレベルで気を失えるかも知れないけど、そもそも持ち込めないんだよ」
桜井くんが困り顔で腕を組んだ。
今までは『起きたらこの世界の事を忘れる』と言っていた桜井くんだけど、崖から落ちたショックで、現世に戻った後も『この世界』の事を認識できるようになった。
桜姫はそろそろ越後に戻らなければならない。だから沼田に居る間に出来る限りの検証をしておこうと、いろいろ調べて貰っているんだけど……
「どうやら『こっちの世界』にもある物じゃなきゃ、持ち込めないみたいなんだよ。例えば、こっちの世界にもある綿や正絹の布地は持ち込めるけど、ナイロンが少しでも混じったらアウト、みたいな? そんな感じだからさ、アセトアミノフェンだのそんな成分が入っている普通の薬は、風邪薬でも弾かれたよ」
なるほど。現世から持ち込んだもので「効率的に気絶」って訳にはいかないか。
「どうしよう。案外難しいね」
「それに気絶すれば絶対にイケるってもんでもないしな。実際、気を失っても戻らない事の方が多いんだから。せめてもう一回『男の雪村』に戻れたら、トリガーが絞り込めるかも知れないけど」
「今のところ、雪村に戻る可能性としては『一歩間違えば死ぬレベル』で気絶するか『エンディングに繋がるイベント』って事かぁ」
そうなのです。『気を失う』以外にも条件がある、それが何なのかが解らない。
そしてこれ、簡単に試してみるって訳にはいかないのが厄介だ。
三人寄れば文殊の知恵、とはしますが、そもそもここにはふたりしか居ないし、結局は人数よりも地頭ですよね、って気分で私たちは顔を見合わせた。
「いざとなったら、兼継殿の知恵を借りるしかないのかな? 現世に戻ること、ぎりぎりまで知られたくないんだけど」
「うーん……俺は兼継に知られたところで、結果は同じだと思うよ?」
「兼継殿でも解らないってこと?」
「そうじゃなくてさ。ええと……雪が居なくなるってバレたら揉めるだろうし、下手すると却って厄介な事になりかねないから、知らせなくていいってこと」
奥歯にものが挟まったみたいな桜井くんの言い方が気になったけれど、とりあえず兼継殿に相談するのは保留にしよう。
私としても、早々にその方法を見つけられてしまったら困る。
……心の準備が出来ていない。
出来ることなら兼継殿の関ヶ原、『長谷堂城撤退戦』の結末を変えたい。それを見届けてからじゃないと帰れない。
そんな事を考えていたら、桜井くんが苦笑して私の肩を叩いた。
「まあ、なるようにしかならないか。とりあえず『契れば戻る』は確定だ。それしか方法が無くなった時の為に、兼継をオトすテクを磨いておいた方がいいかもよ? あいつ、鋼の精神力だからな。今の雪が迫っても耐えるぞ、きっと」
「そ、それは私に色気が無いってことですか……!?」
「色気があると思っていた事にびっくりだよ」
桜井くんが、これ以上が無いほどの真顔になった。
そういえば桜姫は今、『兼継ルート』に進んでいる筈だけど。
雪村を男に戻すイベント……ええと『長年のご愛顧感謝イベント』って、この状態でも兼継殿で発生可なのかな?
二股とか浮気になりませんかね? どうなんだろう。
でもこれは兼継殿のイベントだから、他の人に頼むようなものでもないし……
だったらやっぱりどうしても、『契る以外の方法』を見つけなきゃならない。
ああそうだ。恋愛イベントにかまけて、ついおざなりにしていたけど、私も雪村の関ケ原、『上田城籠城戦』の事もちゃんと考えておかなきゃ。
でもこれ、こっちの世界ではどうなるんだか全然予想がつかない。
今は女の身体で、沼田城で城代をしているからね。
ゲームの雪村は本来、沼田の城代はしてなくて、上田で籠城戦をする筈なのだ。
だったらどのタイミングで上田に戻るの? そして『歴史の修正力』は発動する?
こっちの世界では“真木家の関ケ原”って どうなるんだろう。




