231.小夏姫見参7
『夜な夜な聞こえる 女のがすすり泣き』の出所が判った。
深々と頭を下げる小夏姫を見つめたまま、私は何て伝えるべきか解らなくて途方に暮れてしまった。
昼間に感じた違和感の正体。それは『世界間転移』の気配だった。小夏姫も雪村と同じく、『プレイヤーの転移者』に入られた。
違うのは、私は“雪村を戻したい”ことで、小夏姫は“転移者を追い出したい”こと。
そしてどちらにしろ、その方法が解らない。
「どうする? 雪」
桜井くんが囁いた。
どうするもこうするも。逆パターンとはいえ、兼継殿ですら方法を見つけられない難問だよ……。
私に解るのは『雪村が居なくなった時は、すごくショックな事があった』ってことくらい。そしてやっぱりこれは、無かった筈の『破談』を修正する『歴史の修正力』の発動なんだろうか。
「私たちは小夏姫の味方です。一緒に方法を考えましょう」
気休めしか言えないけれど、ずっとひとりで耐えていた小夏姫は、最後に少しだけ笑ってくれた。
解決方法が見つからないまま、夜は更けていく。
三人目の『転移者』。
桜井くんは私と同盟を結んでくれたけど、今度の『転移者』はどう出るだろう。
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城内の雰囲気がおかしい気がする。
翌日、私は兄上が執務に使っている部屋で、何となく違和感を覚えたまま、家老の宇野(六郎の父君ね)と打ち合わせをしていた。
「信倖様は現在、岩櫃城にて現状の把握に努めて居られます」
徳山や本間に 此度の件を問い合わせている、と宇野が声を潜めて耳打ちする。
よく考えなくても、嫁入り前のお姫様が破談になった人の家に押しかけてきて居座るなんて、普通におかしい。兄上もそう思ったんだろう。
「それで兄上はいつ頃、お帰りに」
「申し上げます!」
話の途中で慌ただしく障子が開き、宇野がじろりと家臣を睨みつけた。
「話の途中だ。後にせよ」
「しかし」
「どうした?」
ただならない雰囲気を感じて促すと、家臣がとんでもない事を言い出した。
「小夏姫が『雪村様は真っ赤な偽物。女子になる病などある訳が無い』と中庭で騒いでおります。その、それを聞いて動揺している者もおりまして……」
私と宇野は思わず顔を見合わせた。
……『転移者』同士が、同盟を結べるとは限らない。
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中庭に駆けつけた私と宇野を指さして、小夏姫が糾弾してきた。
「男が女になる訳がないでしょ!? 乙女ゲーでTSなんてマジふざけんなって感じだし! だいたいそんな話を本気で信じる方がどうかしてるっつーの! どいつもこいつもバカじゃない!?」
「こいつはねぇ、偽物なの! 中身はゲームのプレイヤーだし!!」
真っ赤な顔で、意味不明の単語を絶叫する小夏姫を、家臣も侍女も遠巻きにして眺めている。
え? これもTSなの?? 雪村はこの身体になった途端に弾かれたし、私は女で女の身体って認識だけど。
いや、とりあえずそれはどうでもいい。
……もしかしてこの転移者、『カオス戦国』の世界に本当に異世界転移しているって事に、気付いていない?
桜井くんも「寝ている間に来ている」って言っていたし、夢だと思っている?
だいたいそうでなきゃ『中身はゲームのプレイヤー』なんて、正気を疑われるような台詞を、こんなに堂々と言えないよね?
と、思った私が甘かった。
籠絡されている家臣は予想以上に多く、ちらちらとこちらに不審げな視線を向けてくる者がけっこう居る。
宇野が私を庇うように前に立ち、その雰囲気に小夏姫が、腹の底から笑いながら私を指さした。
「あーっはははっ! ほぉーら何にも言えないじゃない!? こいつはぁ信倖さまを騙している極悪人よ!? 牢にぶち込みなさい!!」
「雪村様、俺も不思議には思っていたんです。男が女になる病なんて、本当にあるのかって」
「信倖様が何もおっしゃらないから言いませんでしたが……貴女は本当に雪村様なのですか?」
じわじわと家臣達が縁側に近付いてくる。怖い。
血の気が引いて、私は宇野の小袖を掴んだ。
そりゃ『女になる病』なんて無茶苦茶な言い分だとは思うけど、まさかこんな事になるなんて……!
そして皆、小夏姫の言い分を信じるの!??
「控えよ! お前達は己が何を言っているか 解っておるのか! そして小夏姫、貴女にそのような権限はありませんぞ!!」
宇野が一喝したけれど、場は収まらない。どうしよう、どうしよう!
「控えろ」
大きくないのによく通る声がして、家臣たちが一斉に静まった。
「何の騒ぎだよ。宇野、どうしたのこれ?」
ゆるい空気を纏って、兄上が上田に戻ってきた。




